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アキバ在住アナリストのブログvol.16          江戸文化の薫るAKIBA界隈〜近代教育発祥の湯島聖堂(4/27更新)

アキバ在住アナリスト、CICOM(サイコム)取締役の石原昇です。

ここ秋葉原は、世界に轟くエレクトリックタウン、最近ではサブカルチャーの聖地、そして先端技術の産学連携拠点として発展しています。こうした先端文化を牽引する一方で、周辺には江戸文化を継承する日本有数の神社聖堂があるのをご存知でしょうか。近代教育発祥の湯島聖堂、江戸総鎮守の神田明神、学問の神様を祀る湯島天神が目と鼻の先にあります。今週の日曜日は、その湯島聖堂で孔子祭がありました。

大成殿の祭典には徳川宗家第18代当主も参列
大成殿の祭典には徳川宗家第18代当主も参列

湯島聖堂では、毎年4月の第4日曜日に孔子祭(釋奠)が開催されています。釋奠(せきてん)とは、古代中国で孔子をはじめとする先聖導師に、牛や羊などの生贄を供えて祀ったことに始まり、現在の聖堂では御酒、生鯉、野菜などを供えて孔子とその学問を顕彰しています。今年は孔子祭復活100周年にあたり、当時の孔子像や壁画などを復元した特別展や記念講演が行われました。

湯島聖堂は、元禄時代に徳川第5代将軍綱吉によって創建された本来は孔子廟です。元禄3年(1690年)、林羅山が現在の上野恩賜公園の私邸内に建てた孔子廟が移築され、これを「大成殿」とし、林家の学問所も当地に移転してきました。その約100年後の寛政9年(1797年)、寛政異学の禁により、林家の私塾が林家の手を離れて幕府の昌平坂学問所(昌平黌;しょうへいこう)となりました。昌平とは、孔子が生まれた村の名前で、そこからとって孔子の儒学を教える学校の名前にしたということです。

孔子のふるさとは中国の山東省の曲阜市にあります。ちょうど3年前のゴールデンウィークに彼の地を訪れました。文聖と称えられる思想家である孔子は春秋時代に誕生し、その思想は後に「儒教」と呼ばれ、数千年に渡りアジアを中心に大きな影響を及ぼすこととなったのはご存知の通りです。孔子の子孫たちは曲阜に代々居住し中国でも第一の名家で、その一族は今日に至るまで続いているほか(第77代目は台湾に在住)、曲阜周辺には10万人を超える子孫が住んでいます。市の中心部には孔子の神霊を祭る孔廟、約10万の墓がある孔家の墓地の孔林、直系の子孫が住む宮殿の孔府があり、世界遺産に登録されています。

曲阜にある孔廟の参道は参拝者で大賑わい
曲阜にある孔廟の参道は参拝者で大賑わい


「三孔」は1994年に世界遺産に登録
「三孔」は1994年に世界遺産に登録


さて、湯島聖堂は、孔子廟から始まり幕府の学問所になり、ここに多くの人材が集まりました。明治維新後は新政府に引き継がれた後、学問所は大学校・大学と改称されながら存置されましたが、明治4年(1871)、これを廃して文部省が置かれることとなりました。教育・研究機関としての昌平坂学問所は幕府天文方の流れを組む開成所、種痘所の流れを組む医学所と併せて、後の東京大学へ発展しています。また、敷地としての学問所の跡地は、そのほとんどが現在の東京医科歯科大学湯島キャンパスとなっています。明治時代の湯島聖堂の構内には、わが国最初の博物館、東京師範学校、東京女子師範学校などが一時同居していたことがあり、後にそれぞれ、国立博物館は上野に、師範学校は筑波大学に、女子師範学校はお茶の水女子大学に至っています。近代教育発祥の地と言われる由縁です。

聖橋はニコライ堂から湯島聖堂に至る橋に由来
聖橋はニコライ堂から湯島聖堂に至る橋に由来


今週末からゴールデンウィークが始まり、明けた週の5月10日からは、いよいよ日本三大祭りの「神田祭」が始まります。秋葉原はお膝元であり、2年ぶりの準備に追われる神田っ子は血気盛んです。メインは12日(土)の神幸式と13日(日)の神輿宮入です。もちろん私も町内会の半纏に地下足袋で神輿を担ぎます。次回はその模様をお伝えしましょう。

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