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アキバ在住アナリストのブログvol.28             JR秋葉原駅ビルの再開発が始動〜伝説のアキハバラデパート(08年3/31更新)  

アキバ在住アナリスト、CICOM(サイコム)取締役の石原昇です。

アキバの表玄関であるJR秋葉原駅。そこには2006年の大晦日まで55年間にわたって親しまれたアキハバラデパートがありました。先月から電気街口の駅舎は白い壁で覆われ、解体工事が始まりました。

駅前広場に突き出ていたコンビニも既に撤去
駅前広場に突き出ていたコンビニも既に撤去


1月末に千代田区の「建築計画の早期周知に関する条例」により、工事現場に標識が設置され、説明会が開催されました。3月末には「中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例」に基づく標識に架け替えられ、4月にも近隣向け説明会が予定されています。

秋葉原駅長と東京工事区長のメッセージも
秋葉原駅長と東京工事区長のメッセージも


それによると、「(仮称)秋葉原駅電気街口駅ビル」の用途は店舗・駅舎。敷地面積2,596平方メートル、建築面積2,461平方メートル、延べ面積9,393平方メートル、高さは約30mです。着工は2008年9月(解体工事は2月)からで、完成は2010年8月頃となる予定です。高架下を耐震補強し、南口部分を7階、北口部分を4階とし、3階までは南北につながる構造にする計画です。

新駅ビルの見取り図。高層化されます
新駅ビルの見取り図。高層化されます


アキハバラデパートは1951年11月に開業。当時の秋葉原駅は、目の前が神田青果市場で、線路の向こう側は貨物駅が広がっていました。私鉄では戦前から阪急梅田駅などに商業施設を設けた駅が誕生していましたが、国鉄では戦後に駅舎の建設を地元と共同で行い、その代わりに商業施設を設けた駅(いわゆる民衆駅)が、1950年3月完成の豊橋駅から広まりました。秋葉原駅は首都圏の嚆矢であり、アキハバラデパートの3階改札口は、総武線ホームから出入りできる「デパート口」でした。

昭和30年代の秋葉原駅上空(出典:千代田区)
昭和30年代の秋葉原駅上空(出典:千代田区)


その最大のウリは、庶民と玄人・マニアが共に満足する駅直結型ショッピングセンターであったことでしょう。秋葉原界隈には飲食店が非常に少なかったため、安価で手早く腹ごしらえができる1階のカウンター形式のフードコートは貴重な存在でした。店頭では野菜カッターなど便利グッズの実演販売が名物でした。また食料品や雑貨の100円ショップはここから始まったとも言われています。

昭和40年代の秋葉原駅(出典:アキハバラデパート)
昭和40年代の秋葉原駅(出典:アキハバラデパート)


長い歴史には紆余曲折もありました。2001年11月に突然の撤退宣言があり、翌年3月にホビー系商品を中心とする「アキハバラデパート フジヤマ」へと業態を変更し、コスプレ喫茶の「アキバカフェ」やフィギュアやソフトなどの売り場も設置されましたが、1年足らずで再改装され、ユニクロやマツモトキヨシなどの店舗に入れ替わりました。

運営主体は(株)秋葉原でしたが、2002年2月にJR東日本が筆頭株主になり、2005年4月にアトレを運営するJR東日本の子会社の東京圏駅ビル開発(株)に吸収合併されました。2005年10月には東西自由通路にあるアキバセレクト館がオープン(こちらは現在も営業中です)。2006年12月31日の16時に、建物の老朽化と街の再開発によるビルの陳腐化を理由に閉店となりました。

閉店時には「デパート口」にファンが殺到
閉店時には「デパート口」にファンが殺到


生まれ変わる駅ビルの正式名称、テナントなど詳細発表が待ち遠しいところです。

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