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アキバ在住アナリストのブログvol.42             江戸文化を継承する神田祭〜地域に根差し新文化を創造(09年 5/26更新)  

アキバ在住アナリストの石原昇です。

2年に1度、江戸総鎮守である神田明神の神々が、神田、秋葉原、日本橋、大手町、丸の内など東京の中心部を巡ります。京都の祇園祭、大阪の天神祭と並び日本三大祭りに数えられる神田祭が、この5月、盛大に執り行われました。

今年も外神田栄町会の神輿宮入に参加しました
今年も外神田栄町会の神輿宮入に参加しました


およそ1週間に渡る行事は、「江戸文化の継承」、「新しい祭礼文化の創造」、「地域社会の安寧と活性化」の3つの理念に貫かれています。初日の7日は「鳳輦・神輿遷座祭」。日の暮れた夕闇のなか、三柱の御神霊を三基の鳳輦・神輿にお還しする儀式です。翌8日には氏子町108ヶ町の神輿約200基に御神霊を渡す「氏子町会神輿神霊入れ」が行われました。

白装束の神職が御神霊を遷す鳳輦・神輿遷座祭
白装束の神職が御神霊を遷す鳳輦・神輿遷座祭


そして9日は、いよいよ江戸祭礼文化の象徴である「神幸祭」です。早朝、かつて神輿庫の鍵を管理していた宮鍵講(みやかぎこう)と警護を預かっていた御防講(おふせぎこう)により、「御鍵渡しの儀」が行われ、豪華絢爛な鳳輦・神輿が出庫します。朝8時からは大勢の見物客が見守るなかで、「発輦祭(はつれんさい)」が厳かに行われました。

アキバの喧騒とは対照的な厳粛な発輦祭
アキバの喧騒とは対照的な厳粛な発輦祭


宮司をはじめ神職や氏子総代の拝礼、鳶頭連の木遣り唄の後、総勢300人の祭礼行列が出発しました。土曜日とはいえ、東京の中心部を終日行進するのは大変です。交通規制のなかで行列が途切れないように小走りしたり、真っすぐに進んでくれない御神馬を宥めたり、最初の難所の明神下交差点を右折するだけでも苦労が垣間見えました。行列は途中、神田明神の旧社地であった将門塚で「奉幣の儀」などの神事を行なって進みます。

神幸祭行列は30kmの行程を1日かけて巡行
神幸祭行列は30kmの行程を1日かけて巡行


午後遅くからは江戸時代に人気を博した庶民の附け祭も加わりました。騎馬武者隊やサンバの踊りで盛り上がり、夕刻には隊列の数1000人以上に膨れ上がりました。そのなかで、特に目を引いたのは趣向を凝らした各種の曳き物です。平成になって復活した酒呑童子の鬼首や大ナマズ、そして今回、ケロロ軍曹が初登場しました。誕生十周年記念と映画「電車男」にも登場した縁があったようです。附け祭は元々その時代の流行りものを出し物にしていたので、初めてのアニメキャラの登場もアキバらしく今様なのかもしれません。


10日正午、町会神輿が中央通りに集結
聖地アキバにケロロ軍曹が見参(出所:東京新聞)


そして10日の日曜日は五月晴れに恵まれ、待ちに待った「神輿宮入」の当日です。各氏子町の御仮屋から自慢の神輿が繰り出され、次々と神田明神の境内に練り込む宮入は圧巻です。食い込む神輿棒を肩に乗せ、掛け声とともに上下に揺さぶり歩を進める時、体中からパッションが迸ります。祭りの喧騒は日暮れまで続きました。

10日正午、町会神輿が中央通りに集結
10日正午、町会神輿が中央通りに集結


神田祭最後の15日は締めの「例大祭」。今年は天皇陛下御即位20年と御結婚満50年の奉祝も執り行われました。先ず祓いの儀で参列者をお清めし、一拝に始まり、本殿の御簾を上げ、御内陣の扉を開けて、ご祭楽神に海川山野の幸を捧げて平安と幸福をお祈りします。そして、献幣、祭詞奏上の後、優雅な舞の御神楽です。その後、宮司や代表者が玉串を捧げて拝礼し、儀式の間に捧げていた幸を下げて最後に一拝して終了しました。1時間余の厳粛な儀式でした。アキバ界隈は今もこうした江戸文化が残り、そして新しい文化を創造する気概も肌で感じられます。

浦安の舞を奉奏する御神楽は例大祭の華
浦安の舞を奉奏する御神楽は例大祭の華

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