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アキバ在住アナリストのブログvol.47             アキバの「龍馬伝」〜夢見る志士たちの修行場(10年 4/22更新)  

アキバ在住アナリストの石原昇です。

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が人気です。三菱グループの創業者である岩崎弥太郎が、幕末最大のヒーロー坂本龍馬を回想する形で物語が展開しています。江戸城に近い神田の一角、ここ秋葉原周辺も彼らの活躍の場でした。

江戸東京博物館で4月27日から特別展が開催
江戸東京博物館で4月27日から特別展が開催

秋葉原の南、岩本町駅付近の神田東松下町には、かつて神田お玉ヶ池があり、そのほとりに北辰一刀流の開祖・千葉周作道場の玄武館がありました。隣には儒者・東条一堂の瑤池(ようち)塾もあり、幕末の志士たちは、剣術と学問の両方の修行に励んでいました。龍馬は「小千葉」と呼ばれる千葉周作の弟の定吉の道場で鍛錬していました。その場所は、現在の八重洲南の鍛冶橋付近、あるいは日本橋堀留町と2説ありますが、この玄武館へも出向いて剣術の腕を磨いていたと伝えられています。

桜散る千桜小学校跡にあった玄武館
桜散る千桜小学校跡にあった玄武館


一方の岩崎弥太郎は、幼少の頃から学問に長け、土佐藩随一の学者であった吉田東洋の知遇を得て出世のチャンスをつかみました。門下生である後藤象二郎の引き合いにより頭角を現し、龍馬が率いる海援隊で経理を担当し商才を発揮しました。明治になって海運で功を遂げ、殖産興業の気運に乗り、三菱財閥の礎を築いたのはあまりにも有名です。湯島にある三菱資料館にはその歴史が克明に展示されています。

三菱資料館で睨みをきかす弥太郎像
三菱資料館で睨みをきかす弥太郎像


現在の秋葉原の万世橋と昌平橋の間(4年前まで交通博物館があった場所)には、江戸時代、見附橋が架けられており、筋違御門(すじかいごもん)がありました。徳川将軍が江戸城の鎌倉橋からここを通って上野寛永寺に墓参に行っていたことから御成道と呼ばれていました。この周辺は八ツ小路といい、交通の岐路として江戸で最も賑やかな場所であったそうです。神田明神に参拝した弥太郎の伝記にも当時の模様が記されています。

交通博物館跡地のレンガ塀に残る御成道の由来
交通博物館跡地のレンガ塀に残る御成道の由来


JR秋葉原駅の昭和通り口を右へ出ると、神田佐久間町(vol.29「TX秋葉原駅周辺の再開発〜神田佐久間町の賑わい」参照)です。そこに秋葉原公園があります。この周辺は神田川の河岸地であり舟運の中継地として栄えました。玄武館に通った龍馬や駿河台に寄宿した弥太郎もきっとこの場所を訪れたことでしょう。 明治に入り運河となった水路の名残として、今も石垣や佐久間橋の欄干が残っています。

NHKのブラタモリでも紹介された佐久間橋跡
NHKのブラタモリでも紹介された佐久間橋跡


弥太郎は実は秋葉原周辺に大変馴染みの深い人物です。明治7年に大阪から湯島梅園町に移り住み、明治10年からは神田駿河台に弟の弥之助邸と隣接して居を構えました。市街を一望できる高台にあった広大な御殿が当時の写真として残っています。翌年には茅町(現在の池之端)に別邸を築き、後に岩崎宗家の本邸となりました。ここは今、旧岩崎邸庭園として重要文化財に指定され都民の憩いの場となっています

コンドルによって設計された瀟洒な洋館は圧巻
コンドルによって設計された瀟洒な洋館は圧巻


洋風建築といえば、秋葉原の向かいの神田駿河台にニコライ堂があります。意外にもここは龍馬と因縁があります。安政4年のある晩、江戸の桃井道場の師範代であった従兄弟の山本琢磨が、酒に酔って時計を搾取する事件を起こしました。龍馬はこの解決に奔走し、江戸からの脱出を取り計らったといわれています。その山本琢磨は生き延びて、函館に辿り着き、そこでロシア正教会の大司教にまで上り詰め、ニコライ堂の設立に尽力しました。

東京ラプソデーにも歌われたニコライ堂
東京ラプソデーにも歌われたニコライ堂


幕末の志士たちの修行場は近代にも受け継がれました。明治11年、弥太郎は神田錦町に、三菱商業学校を開校しました。福沢諭吉の門下生を教官に、簿記・算術・英語の授業を行ない、近代的会計手法を身につけた国際人の養成に力を入れました。日本のビジネススクールの草分けといえるでしょう。この敷地には、その後に電機学校が開学し、東京電機大学として現在に至っています。戦前、学生が組み立てたラジオが評判を呼び、秋葉原で売られたことが、世界の電気街の源になったともいわれています。

2012年春には北千住に移転し再開発の予定
2012年春には北千住に移転し再開発の予定


さて20年近くも前になりますが、ソフトバンクの孫さん、HISの澤田さんなど、今をときめく経営者と一緒に、高知にプライベート旅行に行ったことがあります。海援隊の横2本線の隊旗をソフトバンクのロゴマークに模すほど龍馬を敬愛する孫さんが、当時はまだ高知に行ったことがないというので、仕事の合間を縫っての大人の修学旅行となりました。夜の宴会で、IT社会の夢を語る一方、日本の通信料金のあまりの高さに憤っていた様子が思い出されます。後年、通信料金を劇的に下げた回線サービス業に参入し、通信会社を買収し、日本の情報通信の夜明けを導いた行動力は、志士たちの心意気にも通じるといえるでしょう。

弥太郎の生家で日本の夜明けに思いを馳せる
弥太郎の生家で日本の夜明けに思いを馳せる

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