対談

2016.11.21

働き方改革に成功する会社・失敗する会社 ―ダイバーシティ/ワークライフコンサルタント パク・スックチャ氏に聞く

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太田 由紀 Yuki Ota
太田 由紀 サイコム・ブレインズ株式会社
取締役専務執行役員
働き方改革に成功する会社・失敗する会社

安倍内閣の掲げる成長戦略では、労働力不足の解消や生産性の向上のために、柔軟で多様な働き方を推進する必要性が謳われています。この「働き方改革」は、同じく成長戦略の柱である女性活躍推進とも関連して、現在多くの企業が取り組んでいる旬のテーマでもあります。企業が働き方改革を行うときに、成否を分ける要因は何か。成功を阻害する文化・価値観は何か、改革を推し進めるために必要なことは何か。サイコム・ブレインズの太田由紀が、ダイバーシティやワークライフ・バランス、そして昨今関心が高まっているテレワーク(在宅勤務)を専門とするコンサルタント、パク・スックチャ氏にお話をうかがいます。

今の働き方、70歳まで続けられますか?
―自分の付加価値を高める働き方への意識改革

パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park) 氏
  • アパショナータ, Inc. 代表
  • 日本生まれ、韓国籍。米国ペンシルバニア大学経済学部BA(学士)、シカゴ大学MBA(経営学修士)取得。米国系企業に勤務し、
  • アジア地区での人事および教育研修を手掛ける。2000年にコンサルタントとして独立。
  • 専門はダイバーシティ、ワークライフバランス、テレワーク(在宅勤務)。
  • 太田 由紀
    パクさんとは、もともと仕事を通して出会ったわけではなくて、私が学生時代の同級生に誘われて行った沖縄料理のお店のイベントで初めてお会いしたんですよね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    そうでしたね。それ以来たまに会って食事をしたり。
  • 太田 由紀
    はい。パクさんのお仕事についても色々と教えていただくようになって。それで今回、パクさんの知見をこのウェブサイトをご覧の方にも是非お伝えしたくて対談をお願いしたわけですが、そもそもパクさんがダイバーシティとか、ワークライフバランスやテレワークなどの働き方の問題に取り組むようになったのは、どんなきっかけからなんでしょうか。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    学生時代にアメリカにいたり、あとはコンサルタントとして独立する前に勤めていた米国系企業で人事と教育研修をしていたので、アジア各国にもしょっちゅう行きました。ダイバーシティにしても働き方の問題にしても、アメリカ、アジア、そして日本の違いがよく見える環境にあったので、自ずと問題意識が生まれたと思いますね。
  • 太田 由紀
    そうなんですね。今、働き方改革は女性活躍推進と関連しているテーマということもあって、まさに旬ですよね。パクさんはコンサルタントとして、企業の方とは実際どのようなお話をされていますか。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    「働き方改革」の関連でいうと、「育児や介護の問題で時間的制約があるから、働き方を変えなくてはいけない」ということをイメージされるかもしれませんが、それらに関しては、既に多くの方がおっしゃっていることなので、私は「意識改革」を促すために話すことが多いですね。
  • 太田 由紀
    意識改革とは、具体的にはどのようなことでしょうか。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    「なぜ働き方を変える必要があるのか?」といったときに、多くの人は「育児中の人にも能力を発揮してもらわなければならない」や、「働き過ぎで有給取得率が低過ぎるから、もっと上げるべき」と答えます。私はそうではなくて、「自分の付加価値を高めていくために、働き方を変えないといけない」とお伝えしています。今の時代、年金受給開始年齢が高まり、仕事が好きか嫌いかに関わらず70歳までは働き続けなくてはいけない。つまり「70歳まで能力発揮ができる持続可能な働き方」が必要です。また、多くの日本人がやっている長時間労働の中、70歳まで求められ続ける能力と体力が身につけられるでしょうか。
  • 太田 由紀
    それはさすがに無理ですよね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    仕事で求められることが高度化・複雑化する現在のデジタル時代では、働き方のフレキシビリティーが本当に必要だなって思います。例えば朝型の人は早い時間から仕事ができた方がパフォーマンスは上がります。週1回のテレワークで通勤時間を仕事の時間に変えることだってできる。変化が今のように激しい状況で、今持っている知識やスキルは、あと何年もつでしょうか。「この知識・このスキルを身につけたらもう安泰」というものはありません。だから仕事だけに時間を使うのではなく、常に自己啓発して自分にインプットする時間や、定期的に運動して健康を維持する時間も必要です。
  • 太田 由紀
    運動か…結構グサッときますね(笑)。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    慢性的な長時間労働の一番の弊害は、それを続けてしまうと薄っぺらなアウトプットしか出せなくなることです。昔のように、長時間働いて作ったものが全部売れなくなりました。テクノロジーが驚くほどのスピードで進化しているため、特にホワイトカラーは長時間作業して何かを作るより、考える仕事の方が多くなって、アナログ時代とは求められるものが違うんです。もし日本に終身雇用がなかったら、人々の意識はまったく違ったものになっていたと思いますが、海外の場合は終身雇用がないから、「自分の雇用を守るのは自分の能力だけ」「新しいものをどんどんインプットしていこう」という意識がとても強いように感じます。
  • 太田 由紀
    日本の終身雇用がもはや幻想であることは、多くの人が頭では理解していても、「自分だけは何とか逃げ切れるんじゃないか」と思っている人もまだまだ多いように思います。ただそういう人も、「ウチの会社、このままいったら10年後どうなるんだろう?」みたいな漠然とした不安は常に抱えています。不安はあるんだけど、どうしたらいいかわからない。例えば同期の中で優秀な人からどんどん辞めていくみたいな状況にあっても、自分は一歩を踏み出せない人って、すごく多いような気がするんですね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    優秀な人であっても辞めずに残る人も多いですが、それでも自分を常にレベルアップさせることで、今の会社に残ってもいいし、他に行ってもいい。そういう選択肢を持っていることが大切だと思います。一方、今みたいに慢性的な長時間労働だと、ヒーヒー言いながら目の前の仕事だけで一日が終わってしまいますよね。勉強する時間も運動する時間もない。
  • 太田 由紀
    そうですね。弊社としても少し耳が痛い話です。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    「だから毎日定時退社しよう!」というつもりはないんですが、要は「メリハリ」です。週に何回かは定時で帰って運動するとか、本を読むとか。ネットワーキングも大切ですから社外のお友達と会うなど「自分の付加価値を高める」ことの重要性を理解しないと、働き方改革は上手くいかないです。

働き方改革を通して生まれた、コミュニケーションという副産物

パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
  • 太田 由紀
    意識改革と並行して、クライアント企業の社員が働く現場で業務の改革に関わることもあると思いますが、具体的にはどんなことをしているのでしょうか。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    一つの例としては、職場のチーム単位で、自分たちの業務において無駄なことはないかを見直すためのセッションを行います。その際、私からは「このやり方をやってください」とは言いません。その代わりに、「そういう場合、こういうふうにやったら効率よくできたケースがあります」という事例をたくさんご紹介します。最終的にどうするかは自分たちで考えてもらいます。チームごとに置かれた環境とか状況は違いますからね。
  • 太田 由紀
    唯一の正解はないわけですね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    はい。ただ、このセッションで共通して行っているのは、例えば「3か月後に残業を〇〇%減らす」といったチームとしての目標と、個人としての目標を設定することです。
  • 太田 由紀
    個人の目標も立てるんですね。皆さんどんな目標を立てているんですか。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    「月に〇冊本を読む」というのはよくありますね。TOEICとかの試験や資格取得を目標にする人もいます。あとは「定期的に運動して〇キロ痩せます」とか「家庭菜園をします」とか。「家族と夕食をします」っていう男性の方もいましたね。
  • 太田 由紀
    面白いですね。目標を立てた後に定期的な振り返りはされているんですか。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    週1回、チームで業務のフォローをするのですが、個人目標に関してはチームメンバーでお互いにフォローし合ってもらいます。例えば、金曜日に皆でランチに行って、互いの状況を話したり、相談し合うチームもあります。そうすることでチームワークが良くなる、お互いに仲良くなるという副産物も生まれます。
  • 太田 由紀
    それはいいですね。働き方改革を通して組織開発にもつながっていきますよね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    チームとはいえ、皆それぞれがスペシャリストで「隣の人が何をしているのか全然分からない」という場合が多いんですよね。仕事があまりに違うと、共通の話題がなかったり。ところが「働き方改革」という共通の話題があるから、会話ができるようになるんです。
  • 太田 由紀
    チームや個人でしっかり目標を立てて、それをきっかけに活発なコミュニケーションが生まれるような組織だとよいのですが、反対になかなか成果が出にくい傾向にある組織もあるのでしょうね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    チームごとで違いはありますが、それでも3か月とか4か月かけて取り組むことで何かしらの成果は出るものです。ただ、意識の問題として「残業代が減るから」ということで、働き方改革にネガティブな人がいる、というのはよくある話です。業務改革をして実際に残業を減らしたら、その分自分の給料が減ってしまうわけなので、口には出さずとも心では好ましくないと思っている人がいても不思議ではないですよね。
  • 太田 由紀
    残業代が減るから働き方改革にネガティブになる、というのも確かにありますが、「長時間働いて会社に尽くすことで評価してもらえている」という意識も根底にあると思います。私は女性活躍推進の中で、男性管理職を対象とした女性部下育成のための研修をすることも多いのですが、その中で私は「評価というものは、時間じゃなくて成果です。どれだけアウトプットを出せたかが大事なんですよ」という話をしています。評価制度を作るのは人事ですが、やはり意識の問題として、管理職の人たちが長時間働くという価値観の中で育ってきただけに、そうではない価値観を腹落ちさせるのは結構難しいなと感じることは多いですね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    評価においてそういった価値観が無意識の内にはたらくことはあるでしょうね。
  • 太田 由紀
    それに、子どもを迎えに保育園に行くとか、夕ご飯を作るとか、家庭の中でそういう部分を主に担っているのは、まだまだ女性が多いわけですよね。そうなると会社に長時間残ってなんていられない。ところが、自分が会社を出た後、いわゆるタバコ部屋とか、夜の会議とか、飲み会があって、自分のいないところで仕事に関して重要な話が決まったりすることもあるわけです。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    私がダイバーシティマネジメント研修の講師をするときは「タバコ部屋とか飲み会とか、インフォーマルなコミュニケーションで話したことは、その場にいなかった人にも教えないと、アンフェアですよ」とお伝えしています。
  • 太田 由紀
    本当にその通りですね。研修をしていて面白いなと思うのは、「育成するためには、やっぱり女性社員とのコミュニケーションが大事」というところまでは理解していただいて、「では、今後どのようにしてコミュニケーションを強化しますか?」という話になると、最初に出てくるのは飲み会、いわゆる「飲みニケーション」なんです。でも、すべての女性社員がその場に出られるわけじゃない。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    インフォーマルな場でのコミュニケーションがよいのであれば、飲み会じゃなくてたとえばランチに行くとか、他にも方法はありますからね。そういうところから変えていくべきですよね。
  • 太田 由紀
    コミュニケーションの話で思い出したのですが、テレワークに関して「本当に自宅で働いてるか、上司はどう把握するの?どう評価するの?」という声をよくお聞きします。これについてはどのようにお考えですか。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    現在の日本で働き方の課題を解決するために、テレワークの導入について私はまずは週一回から始めるのがよいと考えています。その頻度なら、上司にはそれほど負担はかかりません。部下が週一回、どこかに出張してるみたいなものですから。「在宅勤務をしてる部下がいる」ということを意識する必要はあっても、実際はそれほど変えなくてもいいんです。私が関わった企業では、会社に来ない日があるので、かえって会社にいる日のインフォーマルな会話が増えたり、上司が部下たちと毎週金曜日にその週の話をする目的も兼ねて、皆でランチに行き始めた例もあります。ですからコミュニケーションを変えるきっかけにもなりますよね。

なんでも平等にしたがるからうまくいかない?
― 働き方改革に成功する会社・失敗する会社

パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
  • 太田 由紀
    私は女性活躍推進をきっかけとして、テレワークがもっと企業に導入されるといいなと思っていて、パクさんから教えていただいたことも交えながら企業の方にお話しています。ただ「テレワークに向いている仕事と向いていない仕事があるから、全社的には導入できない」といった比較的ネガティブな反応も多いですね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    導入のハードルが高いと思われることは多いですね。でも、そもそもテレワークは許可制であるべきなんです。基本的な時間管理・自己管理ができない人には向いていないんですね。なので上司から見てオフィスでの仕事ぶりから判断して、心配な人にはテレワークをさせるべきではありません。テレワークに向いていない業務や部署というのもあるでしょう。日本の人はみんな平等にしたがるから上手くいかないんです。平等にしてしまうと、テレワークが単なる福利厚生で終わってしまいます。
  • 太田 由紀
    たとえ向いている業務であっても、当然ながら自分自身を律することができないとだめなんですね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    そうですね。適性のある人がテレワークをすると、会社にいるときよりも高いパフォーマンスを出すケースも多いです。評価基準としては会社と同じレベルのアウトプットであればよいのですが、邪魔が入らずより集中できる分、会社で仕事をするとき以上のパフォーマンスが出せる。重要度の高い仕事ほど、「中断なく集中できる時間」が必要なものが多いですよね。その時間をくれるのが、テレワークなんです。
  • 太田 由紀
    なるほど。テレワークはどうしても子育て支援とか福利厚生的な観点で考えがちですが、生産性を向上させるとか、社員が能力を発揮して活躍できるようにする、という観点を忘れてはいけないですね。
  • パク・スックチャ (Joanna Sook Ja Park)
    そうですね、まさにその「活躍」につながることがテレワーク、ひいては働き方改革の成功のポイントだと思います。女性活躍推進の話でいうと、テレワークのメリットは出産後の時短勤務から、できるだけ早くフルタイムで活躍するための環境を提供できることですね。時短ではなく、フルタイム勤務の中に「在宅で働ける」というオプション、フレキシビリティーがあることが大切なんです。
  • 太田 由紀
    時短勤務は法律で3年間はOKということになっていますが、いろんな企業の方とお話していると、「3年間時短をすると追い付くのに結構苦労する」とか「仕事のチャンスを失うことが多い」という話をよくお聞きします。だから「早くフルタイムに復帰しましょう」みたいな働きかけをしている企業も多いみたいですね。そういう企業にこそテレワークを活用してほしいですね。

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