レポート

ATD-ICE with Yosuke Yagi〜八木氏と世界のHRDトレンドを語る海外勉強会~

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2018.08.13
宮下 洋子
宮下 洋子サイコム・ブレインズ株式会社
ソリューションユニット シニアコンサルタント

人材開発プロフェッショナルによる世界最大級のカンファレンス、ATD International Conference & Exposition(ATD-ICE)。今年は参加者数が過去最多の13,000人と、特に大きな盛り上がりを見せました。理由の一つは、アメリカ前大統領バラク・オバマ氏の退任後初の公式スピーチとなった基調講演。そしてもう一つは、ビジネス・組織・人材の価値や働き方を根本から定義し直すような破壊的技術、そしてそれによるパラダイムシフトへの危機感・期待感を、世界中のHRD専門家がいよいよ強く感じているからのように思えました。

本レポートでは、私がATD-ICEで感じたグローバルなトレンドとともに、サイコム・ブレインズが八木洋介氏をラーニングリーダーに迎えて実施した現地勉強会についてご報告します。

San Diego Convention Center

会場のSan Diego Convention Center。オバマ⽒による講演が⾏われる⽇、朝の6時には既に会場の外に⻑蛇の列が。
事前に手荷物の持ち込み制限について度々注意を促されるなど、例年にない厳重な警備体制でしたが、無事⼊館できてほっとしました。

マイクロラーニングは「定⽯」の学習スタイルに

私が前回ATD-ICE に参加したのは、2年前の2016年でした。2年前も今回も多くのセッションで提唱され、特に今回は常套のラーニングメソッドとして既に定着した印象を受けたのが、マイクロラーニングです。

このマイクロラーニングについては、2年前はミレニアル世代の学習にフィットする⼿法、あるいは「集中⼒を途切れさせない」「記憶の定着を容易にする」など脳科学的にも効果的なメソッドとして、コンセプトや導⼊事例を紹介するセッションが多くありました。⼀⽅で今回は、学習コンテンツを制作・提供する際のテクニカルなポイントを紹介するなど、より具体的・専⾨的な内容のセッションが増え、現場での実践・効果検証・改善がかなり進んでいることがうかがえました。

展⽰ブースにおいてもその傾向は顕著で、学習コンテンツを制作・配信するプラットフォームだけではなく、個々⼈の学習者⾏動を把握し、キュレーション機能によって個別のコンテンツを適宜提供するツールなどが⽬⽴ちました。

LearningTechnology

Learning Technology における注⽬のベンダー(勉強会キックオフセッションの資料より)

Digital TransformationによるReskill(スキルの再定義)

2年前に比べ、今回強く打ち出されていたテーマのひとつが、Digital TransformationによるReskill、つまり「スキルの再定義」です。ATDのChairであるTara Deakinは「Reskill for 2030」の中で、デジタルツールを活用して新たなプラクティスを素早く生み出しブラッシュアップする「Learning Agility」、世界中の人材がクラウド化され、特定のプロジェクト・職務に求められる能力・スキルをもとにベストな人材が特定・選出される時代の「Career Resilience」、そして「Digital & Data Fluency」といった言葉でReskillを説明しています。

  • ● リーダーシップは、人だからこそできる付加価値創造へ

    たとえばPsychological Safetyの確保、メンバーへのCompassion、Vulnerabilityの受容といった要件が昨今のリーダーの要件として語られています。この動きは、これまでの強力でともすると独断的な米国型のリーダーシップへの反動ともいえるものですが、リーダーが他者に影響を与えるための核や個人としてのValueをクリアにするという、今回のオバマ氏の講演のメッセージにも共通しています。

    またAIの台頭によって、人材開発はAIができない領域、人にしか生み出せない価値の創出にフォーカスすべき、というメッセージが、多くのセッションで示唆されていました。

  • ● デザイン思考、Experiential Learningの積極的応用

    マイクロラーニングのような効果的で個別性の高い学習スタイルが浸透することによって、HRDにはマイクロラーニングで叶えられない部分、つまり「心を動かす」「マインドセットを大きく変える」「self-confidenceやモチベーションを喚起させる」という部分によりフォーカスすべき、といった考えも多く発信されていました。

    その一例として、学習者の潜在ニーズをくみ取る、いわゆる「デザイン思考」の活用や、Experiential Learningの積極的な導入を提唱するセッションも多く見られました。セッション「LXD (Learner eXperience Design): Using Design Maps for Active, Deep Learner Experiences」(Mohamed Bahgat)では、コンテンツよりも学習者の状態(感情、エナジーレベル、心理状態等)にフォーカスしたラーニングデザインのメソッドが紹介されていました。

    このメソッドでは、まず学習者のペルソナを作り、1年間といった中期のラーニングジャーニーをデザインします。そのうえで1日の研修プログラムをデザインし、最後にひとつひとつのアクティビティをデザインします。コンテンツについて詳しくなればなるほど、無意識に内容を盛り込みがちになり、学習者が疲弊し咀嚼できなくなるリスクを見落としてしまいます。そういったことに世界各国の参加者が気づきを得ていたのが印象的でした。

    Experiential Learning

    グループワークでは、コミュニケーション研修のデザインを体験しました。
    普遍的なテーマの研修ですが、メンバーによって選ぶアクティビティが結構違うのが興味深かったです。

HRDプロフェッショナルへの期待:Learning AgilityとDigital Fluency

Digital TransformationによるReskill は、当然ながらHRDにも強く求められるものではないでしょうか。つまり、Learning Agilityを発揮して試行錯誤を繰り返し、いかに他社に先駆けて新たなベストプラクティスを創出するか、ということです。

ATD International Members Committeeの中原孝子氏によるセッション「AI has reached a Tipping Point: Will it end L&D as we know it?」では、「Digital LiteracyからDigital Fluencyへ」と提唱していました。ここでいうLiteracyとは、デジタルツールを理解し意図通りに使えることを意味しますが、一方でFluencyは説得する、成果を上げる、相手に感銘を与えるために使いこなせるレベルであるということです。Digitalの世界に飛び込み、Fluencyを向上させる。Evangelistとなって、AIやマシンと新たなチームワークを作り、今までにない成果をあげる。そういったことをHRDは人のスペシャリストとして積極的に考えるべきだ。そういったメッセージが多くのセッションで発信されていました。

またこうしたテクノロジーを扱うベンダーたちも、総じて「こんなことができるようになったんだよ!なんでまず使ってみないの?」といったベンチャー気質にあふれた積極的なメッセージを発しています。たとえばe-learning業界で最も有名な人物のひとりであるElliott Masieによるセッション「Learning Trends, Disrupters, & Hype in 2018」では、「いきなり新しいテクノロジーを全社に導入しようとするから時間がかかるし、結局使われなくなる。20人、30人のチームにまずパイロットとして導入すればよい」とアドバイスしていました。

またコンテンツのキュレーションシステムのベンダーであるdegreedの日本代理店トップの方が、「自分がファンになれるシステムを探して、試行錯誤しながらシステムと一緒に成長しようとする姿勢が大切」と仰っていたことも印象的でした。

どんなシステムにも言えることですが、導入したらほったらかし、という企業も少なくありません。本来ラーニングシステムは、組織の内外の知見を集約して個別の示唆を導き出すためのエコシステムであり、いわば生物です。人のプロフェッショナルであるHRDが自社のビジネスや戦略をふまえ、システムがうまく機能する仮説を立て、現場のマネージャーにメリットを訴求し、意図通りのパフォーマンスが出ているかをモニター・分析しながら地道に試行錯誤していく。そのような姿勢が求められるのではないでしょうか。

八木洋介氏をリーダーとする現地勉強会を企画して

今回、サイコム・ブレインズは八木洋介氏をラーニングリーダーとする現地勉強会を企画しました。企画の担当者として、また一参加者として、ATDにチームで参加すること、ともに学びあうことの意義とメリットを強く感じました。

  • 1.参加すべきセッションを効率的に探すことができた

    渡航前に行ったキックオフセッションでは、八木氏から注目すべきトレンドやキーワードとともに、おすすめのセッションをリストアップしたものが共有されました。ATDでは300以上のセッションが開催されますが、会期中に一人が参加できるのはせいぜい20程度です。このリストをもとに、各自の関心領域に応じて参加するセッションを効率的に絞り込むことができました。

  • 2.セッションの消化不良をすぐに解消できた

    参加するセッションに関して、それが日頃から関心あるテーマだったり、あるいは事前に知識をインプットしたとしても、セッションの後は多かれ少なかれ疑問や理解できない部分が出てくるものです。スピーカーの知識、経験、信条、あるいはそれらに基づいたロジックや仮説から提言がなされるわけですが、1時間程度のセッションではそういった背景までは明らかにされず、またそれを自分なりに読み解くことは難しいでしょう。

    たとえば、私が過去のATDで理解が浅くなりがちだった領域は「リーダーシップ」なのですが、リーダーシップは抽象的なテーマだけに、「何故それがリーダーに求められる要件なのか?」「同様のテーマのセッションなのに、主張することが違うのは何故か?」といった疑問がどうしても残りました。

    今回は会期中の4日間、八木氏をファシリテーターに振り返りのセッションを毎日行いました。八木氏から「おそらく○○が提唱したコンセプトが背景になっているのでないか?」「□□といった観点から主張しているのではないか?」といった解説をもらえたことで、自分ひとりでは読み解くことが難しいことも、理解をするための仮説のレベルにまで引き上げることができました。

    八木氏やラーニングチームのメンバーからの示唆によって、こうした仮説を得ながら毎日考え続けることで、自分なりの理解が更新され、より確度の高い仮説に練り直されていき、最終的には点と点がつながり、ATDが全体として発信する世界のトレンドや問題意識をざっくりと掴むことができたと感じています。

  • 3.自社にとっての「So What?」まで深く考えることができた

    ATD-ICEはサイコム・ブレインズのようなベンダーからの参加者も多いのですが、今回の勉強会のように事業会社のHRDが参加する意味・価値を改めて強く感じました。帰国してから1か月後に行ったレビューセッションでは、セッション内容の単なる報告ではなく、今回の経験が自分の問題意識とどのようにリンクしたか、HRDプロフェッショナルとしての価値観にどう影響したか、そして今後どんなことをしていきたいか、といった観点から各自が発表を行いました。

ATD-ICEは300以上のセッションがあり、同じテーマでも大なり小なり違う主張がなされているため、特に1人で参加すると全体感をつかむのは困難です。また全体感をつかめたとしても、そのことに満足して肝心のアクションに踏み出さなければ意味がありません。今回、八木氏をラーニングリーダーに迎えたことで、各参加者が「自組織を変える、何か新しい動き方をするためにATD-ICEに行くのだ」という目的からブレることなく考え続けることができたことは、非常に大きな収穫でした。

  • 宮下 洋子 Yoko Miyashita

    宮下 洋子Yoko Miyashitaサイコム・ブレインズ株式会社 ソリューションユニット シニアコンサルタント

    同志社⼤学⽂学部卒業。TiasNimbas Business School(オランダ)MBA。旅行代理店、株式会社リクルートを経て、オランダのビジネススクールへ。在学中にHRに興味を持ち、卒業後の2012年、サイコム・ブレインズ入社。ナショナルスタッフ育成やグローバル研修、赴任前講座を担当する。健全な競争⼼と⾼い倫理観を備えた若⼿リーダー育成プログラムの開発・普及が⽬標。 兵庫県神戸市出身。趣味は舞台鑑賞。最近は、英語の発音矯正塾に通っており、日々発音の特訓中。

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