COLUMN - Yosuke Yagi

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人知抄

2017.04.21

戦略的人事(1)目的なき戦略は戦略にあらず。

『日本の人事部 人事白書2016』によると95%の人事担当者が戦略的人事は重要だと考えているが、人事部門が戦略的に活動できていると思っているのは26%で、競争優位を生み出すことに自らが貢献できていると思っているのは28%に過ぎない。また、戦略的人事を「経営戦略と人事機能の連携・連動」「経営戦略に沿った人事方針」と曖昧に捉えていることが、その自由記述から読み取れる。

さらに、経営戦略と人事戦略のリンクを阻害している要因として、「人事と経営が連動できていない」「日常業務に多忙」「縦割り組織で情報共有不足」「人事部門の意識、力量不足」などを挙げている。果たしてこういったことが、人事が戦略的でないことの真因だろうか。私はそうは思わない。

戦略とは組織が何かを達成するための方策であって、その「何か」がなければ、「戦略」は方向性のない活動の集合体でしかない。「勝ち」を定義してこその戦略なのである。

「勝ち」をしっかり定義しないで(あるいは曖昧な定義の下で)「戦略」策定を求められると、「戦略」は企業戦略と乖離し、方向性がブレる。「戦略」は本来の戦略ではなく、戦術の集合体に帰し、統合性を失う。挙句、人事戦略の本質が人事による他社との差別化であるにもかかわらず、「ベストプラクティス」の寄せ集めや「日本的人事」(=他社と一緒)に行き着いてしまう。「戦略」に本来の重要性を見出せないため、結果として目先のモグラ叩きに優先順位が移り、日常業務に埋没して、「忙しい、忙しい」と反復することになる。

さて、その日本的人事であるが、企業別組合、終身雇用、年功制をジェームズ・アベグレンが著書『日本の経営』(1958年)で日本的経営の特徴として紹介し、その後1972年にOECDが『対日労働報告書』でも取り上げ、この3つが日本的経営における「三種の神器」と呼ばれ、半ば日本企業の文化と考えられるようになった。しかし、終身雇用、年功制に代表されるこの日本的雇用関係は高度成長時代に熟練工を定着させるという目的を持った戦略であり、決して日本企業の文化ではなかった。この雇用慣行は、労務費が相対的に安く、ラーニングエコノミーのもと大量生産と効率化を戦略的課題として、企業が成長し続ける限りにおいては戦略的に機能する。しかし、日本経済は1971年のニクソン・ショック、1973年と78年の石油危機で大量生産と効率性に支えられた成長の時代の終焉を迎える。環境が変われば戦略を変えないと勝てないはずだが、多くの日本企業は日本的雇用関係を変えることに躊躇した。戦略は変えられても文化や風土を変えることは難しいのである。その文化を温存するために都合の良かった理論が「職能資格制度」である。職務と「能力」を切り離して終身雇用と年功序列を維持することになり、元々は戦略だったものが文化化してしまった。

話は変わるが、日本は70数年前、曖昧な目的の下、空気感に煽られて責任者がはっきりしない戦争を戦い、多くの人命を失った。その原因の一つが、統合的な戦略を持たずに、局地戦を戦ったことにある。結果、戦略思考は短期決戦型となり、狭量な精神主義の下、戦争終結の意思決定者もいない中、ずるずると泥沼にはまっていった。この辺りのことは「失敗の本質」などに詳しいが、この本を読むにつけ、私は今の人事部門の状況が大東亜戦争の悪夢とダブってしまう。

私は、目的、すなわち「勝ち」を定義することが、一つの方向に向かって組織を統合する鍵だと考えている。私にとって人事を戦略的に考えるための「勝ち」の定義は、「人と組織を使って最高のパフォーマンスを上げる」である。単純な定義だが、このような目的をもつだけで、誰にでも戦略のイメージは湧いてくる。

最高のパフォーマンスを上げるための人事戦略は、最高の人材を採用、育成し、活用することにある。そのための組織を作り、インセンティブを用意し、「勝つ」カルチャーを作り、社員の活力を引き出せば良い。次回以降、順次この内容に触れていこうと思う。

(文:八木 洋介)

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