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勝 幹子
サイコム・ブレインズ株式会社
取締役COO
「分かっていなかった…ことが分かった」――社員の意識改革をスピードアップさせる

- 今回はミドル世代のキャリアをテーマにお話したいのですが、酒井さんがこれまでミドル社員に対して行ってきた取り組みを教えてください。
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最初に取り組んだのは、経済産業省の「人活支援サービス創出事業」への参加でした。これは、スキルや経験を持つミドル社員が成長分野などの新たなステージで活躍できるよう、研修やベンチャー企業とのマッチングを支援するサービスを創出しよう、というものです。
電通では、「10年目までにプロフェッショナルになる」ことを目標にしています。研修体系としては、新入社員、3年目、5年目、7年目に研修をしていますが、それ以降はマネージャーになるまで研修がありません。そのような中で、先ほどお話したようなグローバル化、あるいはデジタル化といった構造変化の中で、勝ち抜けるような人材を育てなければならない。そういう危機意識が高まってきたタイミングで、2014年からこの事業に参加しました。
- 具体的にはどのようなことをされたのでしょうか?
- 野田稔さんのご協力のもと、「キャリア・イノベーション・プログラム(CIP)」というものを実施しました。40歳以上の社員を対象に参加者を募って、個別のキャリアカウンセリング、自分の棚卸しをする研修をして、その後はベンチャー企業に3カ月間出向する、というプログラムでした。17名の社員が参加しました。
- 参加者からの反応はいかがでしたか?
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全体的には「自分のキャリアを考えるうえで大きな意味があった」という評価でした。一方で、自分のキャリアについて「これまで考えてきた人」と「そうでない人」の間には、ギャップがあることも分かりました。
以前から考えてきた人にとっては、CIPが自分なりの仮説を検証する場になった。これまであまり考えてこなかった人は、「自分の人生に真剣味が足りていなかった」、つまり「分かっていなかった…ことが分かった」ということです。
- 学びのレベルに違いが出たんですね。理想としてはミドルになる前に、早い段階から考えて、気づいて、チャンスが来たら行動できる状態になっていることが望ましいですよね。
- おっしゃる通りです。CIPを通して、社員の意識改革をスピードアップしていくことが課題であると、あらためて実感しました。そこで社員や経営層にこの課題を認知させたいと思い、「電通人キャリア観アンケート」を行いました。
- アンケートでは、何か発見はあったのでしょうか?
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これは電通だけの傾向ではないと思いますが、ミドル以降の特徴でいうと、「仕事=人生」という価値観が非常に強かった。「生きるために働くのではなく、働くために生きる」という感じです。
我々の仕事は、確かに色々なことが経験できて楽しい。でも、それだけでは社会の変化に疎くなる。ドナルド・スーパーという学者の理論に「ライフキャリア・レインボー」というものがあります。ひとりの人生の中には「家庭人」「市民」「余暇人」といった複数の役割があって、「職業人」というのはその中の一つなんです。「自分はこれまで職業人の部分だけしか意識してこなかった」と知って、ショックを受けるミドル社員は多かったですね。
- 経営層に対しては、この課題をどのように伝えたのでしょうか? ある意味では「職業人」として一番成功した方々なので、ご理解いただくことが難しい部分もあったのではないでしょうか。
- 経営学の守島基博教授をお招きして、役員勉強会をしました。たとえばラリー・ペイジ(Google共同創業者)が言っていたように、「20年後になくなる仕事のひとつと言われているのは、会社の役員です。意思決定はAIのほうが正確ですから…」といった感じで、少し刺激的なことも話していただいて。そのうえで、「電通さんは人が財産です。社員が能動的に自分のキャリアについて考えて行動した方が、生産性が高まるでしょ?」と。そのような活動を通して、2015年頃から経営課題として認識されるようになっていきました。