レポート

2017.08.21

アカウントプランを成功させる鍵とは? ― ATD International Conference & Exposition 2017 レポート①

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内藤 高史 Takashi Naito
内藤 高史 サイコム・ブレインズ株式会社
シニアコンサルタント
アカウントプランを成功させる鍵とは?

人材開発に関する世界最大のカンファレンスであるATD International Conference & Exposition 2017が、5月21日から4日間、アトランタで開催されました。サイコム・ブレインズからは、内藤、江島、川口の3名が参加しましたので、それぞれの専門領域の視点からレポートをお届けします。

ATD International Conference & Expositionとは?

ATD (The Association for Talent Development) は、企業その他あらゆる組織に属する社員・従業員の知識やスキルの向上、組織開発、パフォーマンスの最適化をサポートするプロフェッショナルのための会員組織です。世界120か国、35,000人以上の会員を擁しています。ATDの活動としては、人材開発マネージャー、トレーナー、インストラクショナル・デザイナー、パフォーマンス・コンサルタント、現場の管理職などに向けて、リサーチ・書籍・ウェブキャスト・イベント・教育プログラムなどの有用なコンテンツを提供する他、世界各地でイベントを開催しています。

ATD International Conference & Exposition(略称ATD-ICE)は、ATDが年に一度開催する国際会議であり、毎回世界各国から10,000人以上が参加します。ちなみに今年は日本からは約170名が参加したようですが、これはアメリカ、韓国に次ぐ参加者数です。あらためて日本の人材開発に対する関心度合いの高さがうかがえます。

会場となったジョージア・ワールド・コングレス・センター(GWCC)は、広さ130,000㎡を誇るアメリカで4番目に大きい国際会議場です。雨期のため毎日のように雨が降っていましたが、オフィシャルホテルと会場間は、無料シャトルバスが運行していました。近隣には100周年オリンピック公園やCNNの本社もあり、観光地としてもよく知られている場所です。

  • ジョージア・ワールド・コングレスセンター(GWCC)
  • (左から)川口・江島・内藤
  • 100周年オリンピック公園
  • CNN本社前にて

ATD-ICEの主要テーマと営業力強化(Sales Enablement)の位置づけ

ATD-ICEで開催される講演、そして研究や事例発紹介などを扱うセッションは、4日間で約400あり、以下の14のテーマに分類されています。テーマによってセッション数にばらつきがあり、昨今注目されている Learning Technologiesでは40セッション以上、最も少なかったのはHigher Educationの4セッションでした。

  • 1.Career Development
  • 2.Training Delivery
  • 3.Global Human Resource Development
  • 4.Human Capital
  • 5.Healthcare
  • 6.Instructional Design
  • 7.Leadership Development
  • 8.Learning Technologies
  • 9.Learning Measurement & Analytics
  • 10.Management
  • 11.Science of Learning
  • 12.Government
  • 13.Higher Education
  • 14.Sales Enablement

私はコンサルタントとして、クライアントの営業力強化に関わることが多いのですが、これまでの経験では日本企業への支援がほとんどであったため、この機会にアメリカにおけるセールス・トレーニングの動向を把握したいと考えました。Sales Enablementにおけるセッションのテーマは以下の通りでした。

  • 戦略的なアカウントプラン
  • 営業組織力強化のための採用戦略
  • 営業組織力向上のためのマネージャーの役割とツールの活用
  • チームの営業力を向上させるための方法論
  • 業績向上のための4つのシステム(営業戦略・営業支援・学習組織・営業マネジメント)
  • マネージャー向けのコーチング力強化
  • 営業マネージャー育成の重要性
  • チームに貢献する営業担当者の早期育成
  • トップセールス育成のための研修プログラムとは
  • ブレンデッド・ラーニングの活用法

上記の通り、セッションのテーマとしては、いわゆるセールス・トレーニングの対象である「個々の営業担当者」にフォーカスしたものは比較的少なく、「営業マネージャーの育成」や「営業組織の強化」に関するセッションが多くありました。今回はその中から「戦略的アカウントプラン」のセッションについてレポートしたいと思います。

アカウントプランの実践における組織的な問題

アカウントプランについては、様々な定義の仕方があります。ここでは「自社のソリューションを顧客に提供するにあたって、(特に重点的に注力したい)各顧客の事業・組織・競合環境といった情報分析を行いながら、(売上・利益などの見込みも含めて)自社としてどのような支援活動を行っていくかの計画(実行・進捗管理といった取り組みも含む)」といった意味において使いたいと思います。アカウントプランは、BtoBのソリューション営業を行っている組織にとって重要な取り組みである一方、その実践がなかなか根づいていないケースも多くあります。サイコム・ブレインズが提供する企業研修においても、(アカウントプランという言葉を用いない場合もありますが)、「顧客別の営業戦略立案のためのワークショップ」といった形でよく取り上げるテーマです。

今回参加したセッション「Strategic Account Planning: The 5 Imperatives」では、営業力強化を専門とするコンサルティング会社、SalesGlobe社のManaging PartnerであるMark Donnolo氏がスピーカーを務めました。Mark 氏は、コンサルタントとして製造、金融、テクノロジー、電気通信といった分野の企業で豊富な実績があります。

● 我々は、問題の全体ではなく、部分的にしか見ていないことが多い?

300席はある広い会場に6割ほどの参加者が集まりました。日本人の参加者は私しかおらず、これはSales Enablementのセッション全体に共通していました。会場では、名刺と引き換えにスタッフから小さな封筒が手渡されました。中にはハートのマークを半分にしたような形の紙切れが入っていました。紙の形は、四角であったり、円柱のような形であったり、人によってバラバラのようです。Mark氏からは「封筒の中の紙は、とあるものの一部分です。それは何か、今から近くの人と各自の紙を見せ合いながら考えてください。」という指示がありました。私は近くにいたカナダ、ブラジルから来た参加者と3人で話をしました。

Sometimes We Only See Part of a Larger Problem
このワークの答えは、動物の「ゾウ」で、私が持っていた紙は「耳」の部分でした。

このワークの意味は、「チームにおいて何か問題が発生したときに、リーダーとして視野を広くもち、全体感をもったうえでそれぞれの部分を検証せよ」というメッセージを伝えるものでした。このメッセージ自体は普段よく聞くような話であっても、「知っていること」と「出来ていること」の違いは大きい。そんなことを実感できるワークでした。

● アカウンプランを実践する上での問題、定着させるポイント

アイスブレイクの後は、本題である戦略的なアカウントプランを行うためのフレームワーク、実践において乗り越えるべき組織的な問題、実践を定着させるポイントなどについてレクチャーがありました。(恥ずかしながら私は英語が不得意なため、帰国後にMark氏の著書を読むなどして得た情報も含めてレポートします)

Six Components of an Account Plan(アカウントプランを構成する6つの要素)

  • 1.Profile and Position(顧客についての情報分析、自社との関係構築の度合いの可視化)
  • 2.Needs Mapping and Team(顕在的・潜在的ニーズの可視化と、ソリューション提供のためのチーム編成)
  • 3.Goals and Strategy(目標設定と戦略の立案)
  • 4.Action Plan (目標と戦略にもとづいた行動計画)
  • 5.Team Support Alignments (状況変化への対応、社内リソースとの連携)
  • 6.Performance Dashboard(計画実行における進捗管理)

それぞれの要素については基本的なことで、目新しい議論はありませんでした。しかし、3つめの「Goals and Strategy」には、「個々の顧客に対する営業戦略」という意味の他に、事業環境の将来的な変化もふまえたうえで、「この顧客は、今後こうなって欲しい、こうなるべきだ」という、「ソリューション提供側が描くビジョン」の要素も含まれます。昨今「インサイト営業」といった言葉で表現されるものとの共通点を感じますが、私自身にはこれまであまりなかった視点を獲得できたと思います。

What’s The Problem with Account Planning(アカウントプランを実践する上での問題)

  • 1.Leadership Commitment(経営のコミットメント)
  • 2.Weak Ownership(オーナーシップの弱さ)
  • 3.Politics(自社内の政治的な事情)
  • 4.The Document (書類の煩雑さ)
  • 5.Rather be Selling (売ることありきの価値観)

問題点に関するこれらのキーワード、皆さんの会社でも心当たりはありませんか?「ソリューション営業、課題解決型の営業に転換したい」と考えていても、自社全体で一丸となって実践できている組織は非常に少ないのが現状だと思います。「個人のスキルの問題」ではなく「組織の問題」にどれだけメスを入れることができるか、私もコンサルタントして常に忘れないようにしたいです。

Create the Habits:アカウントプランを定着させるための2つの習慣

セッションの最後では、前述の内容を振り返りながら、アカウントプランを成功させるポイントをまとめていました。私にとって特に印象的だったのは、「Create the Habits」という考え方で、Mark氏は「2つの習慣を作ること」が重要だと主張しています。

The Five Keys for Successful Account Planning(アカウトプランを成功させる5つの鍵)

  • 1.Use the Right Structure
  • 2.Set the Goal
  • 3.Create the Habits
  • 4.Understand the Politics
  • 5.Think Big

1つ目の習慣として、Mark氏は「Think Before You Plan(計画の前に考えよ)」と主張します。これは「徹底した顧客志向を持て」という意味です。営業マネージャーは顧客別の戦略を計画するときに、「その顧客に何をどれくらい売って業績を積み上げていくか」という思考から入ってしまいがちです。そうではなく「その顧客にどのような課題があり、自社として何か解決することができないか」という視点が不可欠です。

2つ目の習慣は「Motivate and Reward the Team(チームをモチベートし、報いよ)」です。Mark氏は、アカウントプランが成功しない理由として「優先順位が高いことであると思えないから」「そこに時間をかけようと思わないから」といった、営業パーソンのマインドにおける問題に対して取り組むべきと主張しています。

Mark氏は自身の経験から「インセンティブとしての金銭的報酬の効果は疑いようがない」としながらも、「優れたアカウントプランは、顧客との接点を増加させ、顧客の問題に対する視野を拡大させることで、顧客のニーズを満たし、顧客を成功に導くと同時に、最終的にはwin-winの関係を創造する。何よりも大切な報酬は、顧客から感謝されることだ」と断言しています。これを私になりに解釈すると、「アカウントプランは、(結果として金銭的な報酬を得ることも含めて)営業パーソンが、自分のチームが今以上に成功する、顧客満足をきっかけに継続的な成功のスパイラルを作るためのもの。だからこそ、この組織的な取り組みにコミットしてもらいたい」という意味なのではないかと思います。

日本における外資系企業のイメージから、アメリカのセールス文化は日本以上に個人主義的・実力主義的で、「売ってなんぼ」の世界であろうと想像してしまいます。しかし、特にBtoBの領域では、個人のスキルだけでは通用せず、組織ぐるみで顧客を支援できる会社でなければ、顧客から選んでもらうことができません。これは日本も含めて世界共通の流れだと思います。今回のMark氏のセッションで随所に出てくる顧客志向の考え方は、単なる精神論ではなく、冒頭のアイスブレイクのように「全体を見よ」ということであって、「顧客に貢献するシステムとしての組織、その組織の文化といった部分まで考察すべき」というメッセージなのだと強く感じました。

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