対談

2017.08.07

「HRBPになる・HRBPを育てる」 ― 日本オラクル 遠藤有紀子氏

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江島 信之 Nobuyuki Ejima
江島 信之 サイコム・ブレインズ株式会社
執行役員
「HRBPになる・HRBPを育てる」

HRBP(人事ビジネスパートナー)は、ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が1997年の著書『MBAの人材戦略』で提唱した4つの人事機能の内のひとつ、「戦略パートナー」(事業戦略の実現を支援・加速する役割)という考え方がベースとなっています。従来の人事の実務者とは別にHRBPを設けるケースは、欧米の先進企業で目立ちます。一方、日本企業における導入事例はまだ少なく、実際に導入を進めている企業でも「本来の機能を十分に果たせていないのが現状」という声も聞かれます。

HRBPに求められる要件とはなにか。HRBPとして活躍できる人材を育てるには、どうしたらよいのか。今回はサイコム・ブレインズの『次世代戦略人事リーダー育成講座』の講師を務める、日本オラクル執行役員人事本部長の遠藤有紀子氏にお話を伺います。

グローバル本社の戦略をただ実行しても、日本の社員がイキイキと働くわけではない。だからこそ現場を徹底的にサポートする。

沢渡 あまね 氏
遠藤 有紀子 氏
日本オラクル株式会社 執行役員人事本部長 兼
日本オラクルインフォメーションシステムズ合同会社
HR Vice President-Japan

シドニー大学卒業後、バンク・オブ・アメリカ東京支店入行。1993年日本GE入社。企画開発部を経て人事部へ異動し、複数の事業部にて一貫して人事マネジメントの領域に携わる。2004年日本ピープルソフトのHRディレクターとして入社。2005年日本オラクルインフォメーションシステムズ株式会社のHRシニアディレクターとして、オラクルの戦略買収に伴う人事マネジメントに従事。2007年より現職。2015年よりサイコム・ブレインズが主催する『次世代戦略人事リーダー育成講座』の講師を務める。
  • 江島 信之
    遠藤さんは現在、日本オラクルの人事のトップとしてご活躍されていますが、過去には人事以外のお仕事も経験されています。ということで、まずは人事としてのキャリアをスタートするまでのバックグランドからお聞きしたいのですが?
  • 遠藤 有紀子
    経歴的にいうと、私のキャリアは結構分断していて…。新卒で入ったのが銀行で、その後は派遣社員として国際会議の事務局の仕事をしていました。30代を目前にして世の中の景気が悪くなってきたこともあり、正社員の仕事を探していたところ、ご縁があってGEの企画開発部のアシスタントとして入社しました。

    それから2年くらい経ったときに、人事にオープンポジションができ、当時の上司のすすめもあって応募したのが、人事としてのキャリアのスタートです。主に採用や組織開発の仕事をしていましたが、いくつかの事業部で「クライアント・マネジャー」という、今でいうHRBPの様な仕事も経験しています。ちなみに営業部門に所属していたことがありまして、営業部隊を強くするための組織戦略・人事戦略といったこともやっていましたね。
  • 江島 信之
    『次世代戦略人事リーダー育成講座』でファシリテーションをしているときの遠藤さんを見ていて、いつも「現場感があるな」と感じていました。受講者である若い人事の方たちにとっても、非常によい刺激になっていると思います。これはやはり、事業部や営業部門でビジネスの現場に近いところにいたことが大きいのではないでしょうか?
  • 遠藤 有紀子
    そうですね。たとえば営業部門であれば、「営業は数字を出さなければダメだ」という現場の厳しさや、「営業の人たちがどういうモチベーションで動くか」ということを直に感じることができます。それに対して人の側面からどう支援していくか、という仕事を経験できたことは大きかったと思います。

    人事には採用、研修、あるいは手続き等、何十年も変わらないコアな業務があります。つまり会社の「外」ではなく「中」の仕事をしているので、どうしても視線が内向きになりがちです。現在も事業部のトップとコンフリクトになることがありますが、相手が何に対してコンフリクトを感じているのかを理解できれば、「私が支援できることは何か?」と考えることができます。内向きの仕事だけをやっていたら、そのような柔軟性はおそらく持てなかったと思いますね。
  • 江島 信之
    その後、GEからピープルソフトを経て、現在の日本オラクルに至るわけですが、オラクルの組織の特徴の一つは、やはりM&Aが頻繁にあることでしょうか。遠藤さんのミッションとしては、やはりPMI (Post Merger Integration:M&A後の組織統合)が中心になるのでしょうか?
  • 遠藤 有紀子
    M&Aによる組織の変化もそうですが、オラクルを含めIT業界全体の変化のスピードは非常に速いです。ですから、その変化する環境の中でビジネスが成功するように、採用や育成、チェンジマネジメントを通して支援すること。それが私の一番のミッションです。

    戦略や人事のフレームワークについては、グローバル本社の方針や指示が明確にありますが、実際にはそれぞれの国でビジネスを成長させることが重要です。戦略はあくまで「箱モノ」で、それだけで日本の社員がイキイキと働くわけではありません。だからこそ現場でのビジネスを徹底的にサポートするのが重要ですし、チームのメンバーにもそのように促していますね。
  • 江島 信之
    今でこそ「戦略人事」という考え方やその必要性は、人事の世界で広く認識されています。一方で遠藤さんがおっしゃるように、人事が経営の視点にたって戦略を実行しようとしても、肝心の現場のことがわからなければ、本当の意味でビジネスの成長を支援することは難しい。それでは戦略人事が単なるお題目で終わってしまいます。だからこそ、HRBPのような現場に深く関与するポジションの重要性が、ますます高まっているのだと思います。

アグレッシブなリーダーには、そのスピードについていけるHRBPを

堀江 裕美 氏
  • 江島 信之
    先日、サイコム・ブレインズでHRBP関連のセミナーを企画したのですが、これが非常に反響が大きくて、多くの方にご参加いただきました。人事の方が自身のキャリアの問題として関心を持つ、というのはもちろんですが、特に日本企業がこれからの人事のあり方として、戦略人事の実践をより推し進めるために、HRBPの導入を考え始めているようです。

    HRBPの導入といった場合、あらたに採用する、もしくは社内の人材を登用して育成することになると思いますが、オラクルの場合はいかがでしょうか?
  • 遠藤 有紀子
    「こうやって育成します」という決まった形はありません。私もHRBPの役割についてよく考えるのですが、「これが正しいHRBPです」とすべてのビジネスの状況に適合するようなロールモデルはないと思います。ただ、根幹に求められるものは同じで、それはコンピテンシーと呼ばれるものかもしれませんが、ビジネスに必要な普遍的なものは備えていなければなりません。

    当社の場合、各事業部のリーダーに誰をHRBPとしてアサインするか、組み合わせを考えます。基本的には誰にでも対応できないといけませんが、相手によって求められる資質は違います。なのでリーダーに合わせて一番効率的な人材をアサインしています。たとえばリーダーが非常にアグレッシブな方であれば、HRBPは同じスピード感で物事を動かしていく力がないといけません。一方で、急にアクセルを踏むようなリーダーの場合は、HRBPは必要に応じてブレーキにならなければいけない。時にはまったく違うタイプのリーダーにつけたり、私に回ってきた仕事を部下のHRBPにバトンタッチしたりすることもあります。それで失敗することもありますが、あえて「育成」をしているとすれば、そういう経験の場を与えていることだと思います。
  • 江島 信之
    同じ会社の中でも事業部ごとに置かれた環境やその変化のスピードも違うでしょうから、HRBPもその中で様々な経験をして学ぶしかない。そう考えると、これまで人事の経験がない人、ビジネスの現場で経験を積んだ人材をHRBPとして登用する、ということも可能だと思います。
  • 遠藤 有紀子
    現場から集めたほうがいいのか、人事の人を持ってきたほうがいいのか、というのは一長一短で、人事をよく知っていることの功罪もあれば、反対に現場感が強いことの功罪もあります。一人ひとりは当然パーフェクトでないので、「チームでこの部門を支える」という形にするのがいいと思います。

    先ほどお話したように、一定のコンピテンシーを備えていることが前提ですが、現場でマネジメントの経験が何年かあれば、HRBPの仕事をするのは難しくないと思います。私のチームでも、過去に人事の経験がないメンバーでもうまくいっているケースがあります。その人が何を持っていたかというと、ビジネスの感覚というか、数字をパッと見てビジネスの状況を理解できることだったんですよね。
  • 江島 信之
    当たり前の話ですが、「ビジネス・パートナー」というからには「数字を理解して、数字で語る」というのはマストですよね。『次世代戦略人事リーダー育成講座』の受講者を見ていると、人事としては非常に優秀で、人事制度に関する議論ではすごく盛り上がります。反面、それだけ優秀な人が集まっても、数字に強い人はあまり多くない印象です。
  • 遠藤 有紀子
    私も強くはありませんが、少なくとも右肩上がりなのか、下がっているのか、フラットなのかはわかります。「その数字になったのはどうして?」というところから議論は始まりますから、やはり数字を理解する必要があります。

    また人事評価、パフォーマンス・マネジメントには必ず数字が関わってきます。たとえば営業なら、「何を何個売って、売上と利益がどれくらい」という数字の他にも、それに至るまでにお客様のところへ何件行ったとか、金額以外の数字もあります。これらのKPIを理解していること、つまり「何がパフォーマンスなのか?」を知らないと、人事としてビジネスを支援できません。我々人事はそういう訓練をしてこなかったので、「人事は遅れている」といわれるんです。「マーケティング、財務、人事のうち、どの部署が一番ビジネスをサポートしていますか?」 という質問をすると一番最後に人事がきてしまうわけです。
  • 江島 信之
    私は色々な会社のHRBP、あるいはそれを統括する方とお話する機会があるのですが、「HRBPは人事の逆襲だ!」と表現する人もいます。今まで地位が低かったから、それを上げるんだと。
  • 遠藤 有紀子
    要は数字を意識しているかどうかだと思います。下手でも意識しながら相手と話すことで様々なことを吸収できる人は、よいHRBPになっていますし、なにより事業部のリーダーが議論の場に呼んでくれるようになります。

    基本的に当社の人事はそういう議論の場に呼ばれますが、それでも常に呼ばれる人とそうでない人がいます。これは経験や能力によるところもありますが、先ほどお話したようなリーダーとHRBPの組み合わせを含めて様々な要素があります。HRBPの育て方に、これという答えはないんだと思います。外資系にはHRBPが比較的定着していると思いますが、どこも試行錯誤して今があるので、日本の会社もやりはじめてみたらいいと思います。

人事として会社を変えたいのであれば、自ら変革者のそばに行く

西田 忠康
  • 江島 信之
    私は戦略人事という考え方が今以上に広まって、HRBPとして戦略人事を体現する人が増えていけば、日本の会社がもっと元気になると思います。サイコム・ブレインズとしても、そういった流れを作る広報的な役割を担っていきたいと考えています。
  • 遠藤 有紀子
    そういう役割って、必要ですよね。HRBPに限らず、今まで世の中にないものを作るときに、制度は作ることができてもビジョンというか、それがあることによってどうなるのか、どのように機能するのかがイメージできないと、成功させることは難しい。どうしても日本の会社は、仕組みから入る傾向が強いんですよね。仕組みをどうやって動かしたらいいのかというイメージがないと、何をしたらいいのか悩む。「ダイバーシティ」も同じですよね。女性が活躍するのをたくさん見せてあげれば、伝統的な日本の会社でも「こういうふうにやればいいんだ」と理解できる。
  • 江島 信之
    確かにそうですね。他の例としては「グローバル人材」でしょうか。日本企業の経営や人事の中でこの言葉が広まって随分たちましたが、当初は同じ会社の中でも、グローバル人材に対するイメージがバラバラ、なんてことはよくあったと思います。自社にとってHRBPとは何か、まずはそこを定義しなくてはいけませんよね。
  • 遠藤 有紀子
    定義をするには、人事の中だけではなく、社長や事業部のリーダーたちと「人事にどういう機能を果たしてもらいたいですか?」「こういう役割の人が増えたらいいね」「そうであれば、人事はここを支援します」という議論を、きちんとすることが必要です。そのうえで、HRBPとして素質がある人が集まってきて、失敗しながらみんなで育っていく。そういうものなんだと思います。

    それに加えて、HRBPが機能している様々な会社の事例が、もっとオープンになればと思います。日本の会社はクローズドというか、内々で機能できていて、会社間での人材の流動性も少ない。そうすると、いざ自社でHRBPを作ろうと思っても、どうしたらよいか分からない。そういう意味で、サイコム・ブレインズさんが今やってらっしゃるような人事向けのセミナーや講座というのは、とても重要だと思います。
  • 江島 信之
    ありがとうございます。『次世代戦略人事リーダー育成講座』も今年で4期目を迎えますが、毎回感じるのは、参加される人事の皆さんが「人事からもっと発信して、会社を変えたい!」「オペレーティブな仕事だけでななく、もっと戦略的な施策をやってみたい」と強く願っていても、社内では「総論賛成・各論反対」といった状況にあって、ジレンマを抱えている人が本当に多いということです。HRBPに関心が高まっているのも、そういったことが背景にあると思います。だからこそ、我々としても皆さんを少しでも勇気づけることができるように、人事の方どうしの学び合いや、ネットワーキングの場を盛り上げていきたいと考えています。
  • 遠藤 有紀子
    そうですね。「人事として何かを変えたい」というのは、簡単な話ではありません。何かを変えるためには、それにふさわしい立場・ポジションが必要です。HRBPの仕事はシニアな人と関わりますが、そういう人たちと同じレベルで話せるようになるには「この人はわかっている」と認められなければなりません。認められれば、チャンスをもらえる可能性も高くなります。

    会社を変える一部になりたいのであれば、変革する人のそばに行くことです。人事がいつもいるわけではない現場、人事が必ずしも触れない部分にこそ、貢献すべき課題や関連情報があります。それを自分で努力して入り込んで、話を聞いて、きっかけをつかみに行く。きっかけは相手から来ることもありますが、それはラッキーなだけです。基本的には、より動いている人にチャンスはたくさん訪れるものなのです。江島さんのおっしゃるように、社外のネットワークも大切です。さまざまな人たちとつながって、話を聞く。その話の中に、これまで気づかなかったヒントをもらえるかもしれないし、仕事の機会があるかもしれません。人事の方には、できるだけ外に出て欲しいですね。
西田 忠康

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