セミナーレポート

2019年5月30日開催「日系企業のアジア海外現地法人における人材&組織マネジメント」中国、インドネシア、タイ――変化の速度を増すアジア各国のビジネス環境で今、日系企業が「ヒト」の側面から取り組むべきこと

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2019.07.12
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著しい経済発展を遂げるアジア諸国の中でも昨今、世界の大手消費市場として注目を集める中国、インドネシア、タイ。ここに拠点を置く日系企業に今、強く求められているのは「新ビジネスの開拓」とそれを支える「優秀な人材の確保」です。一方、日系企業はローカル企業・欧米系外資に比べて給与待遇面で人材獲得能力に劣る分、人材育成能力をいかに高めていくかが重要課題です。

セミナーでは、上記3か国で現地法人を統括し、人材育成のエキスパートとして活動するサイコム・ブレインズのコンサルタント3氏が登壇。各国のビジネス環境や、日系企業が生き残るための施策、背後にある危機感や課題意識について紹介してもらいました。

*開催セミナー「日系企業のアジア海外現地法人における人材&組織マネジメント」最新事情の概要

【パート1】中国:多様な人材の“選抜力”が鍵
イノベーション、クリエイティビティ、ビジネスチャンスに対する感度…求める要件が変化する中で、いかに人材を見極めるか

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上海支社の林久美子氏は、まず、急成長する中国市場を「躍動感がある」と評価。昨年わずか1日で2135億元(約3兆9400億円)を売り上げた11月11日「独身の日」のアリババ大セールや、5日間で578億ドルもの成約金を達成した「中国国際輸入博覧会」などの話題に触れました。

そんな「世界最大のマーケット」といわれる中国市場にあって、在中国日系企業はいかに優秀な人材を確保するか? 林氏は「一昔前は、日本語が話せて上司の指示通りに動けるローカル社員が優秀と評されたが、今では、この躍動する大規模市場において素早くビジネス機会を捉えるためのイノベーション創造の能力、クリエイティブシンキングが強く求められている」と解説。そのうえで「近年、日系企業に優秀な人材が集まりにくいため、日系企業の多くは自社の現地社員から優秀な人材を見極め、育成する方法へとフォーカスしている」と語りました。

中国において環境変化に応じた人材を素早く育成するのに重要になるのが、そもそもの「人材の見極め・選抜」です。「中国人は個々のスキルや経験値に大きな差異があり、同じ役職や肩書でソートされた人材に画一的な育成施策を施しても効果的でない。いかに実際の能力やポテンシャルを見極め、選択・集中して適切な育成ソリューションを実施していくかが鍵となる」との見解を示しました。

この人材の選抜を高精度かつスピーディーに行なうツールとして近年、在中国日系企業において導入が進んでいるのがアセスメント「ProfileXT」。例えば「商品開発」や「営業」など、特定の職務で高いパフォーマンスを出す可能性の高い人材を見極めるためのアセスメントです。

企業のPXT導入目的について、「当初は社員の能力の底上げにフォーカスし、社員に等しく研修の機会を与える企業が多かったが、今後は幹部社員を輩出するために、人材を選抜し見極め、さらにその人に合った教育を施す必要がある。また、客観的指標で自社の社員を測っていきたいという企業の意欲が強くなってきている」と林氏。

続いてPXTを使った事例を紹介。「次世代リーダー選抜研修」では、アセスメントの結果に応じ、社員それぞれ個人の課題に取り組むといいます。「実力以上に自己肯定感の高い社員の鼻っ柱を折る目的もある」とのことですが、参加者からは「自分の強みと弱みを理解でき有益だった」などの声が多数。林氏は、「自己認知が深まったことで目指すべき理想像と自己とのギャップに気づき、自身の自己改善につながる」こと、さらに「レポートの活用により直属上司が部下に与える指導ポイントが、より明確になった」と成果を紹介し、講演を締めくくりました。

【パート2】インドネシア:“ミレニアル”と全く異なる新世代の特徴とは?
「世界7位の経済大国」が期される2030年に向け、「Z世代」とどのように関わり、育成していくか

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インドネシア支社のヌグラヘニ・リンタン氏は、まずインドネシア経済のポジティブな話題を紹介。「GDP成長率が5.2%と好調。2030年には世界7位の経済大国になる」といい、「来たる明るい未来のために、政府・労働者・企業が一体となって戦略を立てている」と解説しました。一方、高校・専門学校卒の失業率が高いこと、労働生産性が低いわりに賃金が高くコスト競争率の低下が懸念されることなどネガティブな話題も。在インドネシア日系企業に対して「新しい戦略で人事育成を強化することが課題」と説きました。

若者が多い人口構成に応じて、企業の管理職も他国と比べ“若手化”が進むインドネシアでは、既にミレニアル世代の次、1997年~2015年生まれのZ世代への対応方法が注目されています。個性を重視し協調性がないともいわれるミレニアル世代と比べ、Z世代は、例えばデートよりも残業を優先するような、真面目で行動的、現実的な視点を持っているのが特徴。「ネット社会で育った彼らは自然とグローバルな視点を身につけている。2030年の人口ボーナスのバックボーンとなる存在」といいます。

またZ世代は上昇志向が強くチャレンジ精神が旺盛なことを例にあげ、「意欲的な若者の関心をいかに集めるか」に言及。「Z世代は『生きがい』という言葉を大切にするので、企業側は、入社したらどんな社会貢献ができるのかなど対等な目線でアドバイスを送るべき」との見解を示しました。

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ローカル企業や欧米系外資に比べると現地人材に人気がないと言われている日本企業ですが、インドネシアのZ世代へのリサーチでは、「日本企業で働くことに興味がある」と答えた人が過半数に。

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ミレニアル世代とは異なり、高い報酬が得られるなら残業も厭わないZ世代。
企業選びのポイント1位は「給与」、次いで「ワークライフバランス」。「能力開発の機会」も上位に。

続いて、人事担当がZ世代の興味をひくために重視すべき具体的なポイントとして、意外にもFace to Faceコミュニケーションを好むZ世代には「積極的な個人へのアプローチ」が重要であること。また「採用ブランディング」、つまり「我が社に入ればこのようなキャリアを積める」など提供可能な価値を可視化し最適なチャネルを通じてその魅力を伝えること。ゲーム感覚で応募できる採用システムを取り入れるなど「魅力的なコンテンツでの採用システムの工夫」。さらに若者のほとんどが「高い技術がある職場で仕事がしたい」と熱望しており「技術中心の職場構築」が重要であることなどをあげました。

以上のように求められる用件が多い中、インドネシア支社では日系企業にどのようなサポートを心がけているか? リンタン氏は「Z世代の特徴を意識した育成トレーニングプログラム、ファシリテーションを提案していくことで、平均年齢が圧倒的に若いインドネシアの人材が日系企業で能力を発揮できるよう支援していく」と説明。若手のチャレンジ精神を後押しできる環境整備の重要性を強調しました。

【パート3】タイ:ローカルマネジャーの強化が鍵に
市場の成熟化で、経営の現地化はいよいよ待ったなし!
「ぬるま湯」からの脱却をいかに実現するか?

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タイ支社の地紙厚氏は、冒頭「近年タイの経済成長は鈍化している」と述べたうえで、在タイ日系企業が生き残るためには、「ローカル企業に食い込み新規顧客を獲得すること」「タイランド4.0による産業構造の変化を先取りした新ビジネスを創出すること」が重要と解説。さらに「今後、従来のように日本人が全てを仕切る経営は通用しない。現地の優秀な人材の獲得と育成、リテンションの重要性が高まる」と指摘。経営陣からスタッフまで「経営現地化」への移行が急務との見解を示しました。

サイコム・ブレインズでは、2008年からタイ国立マヒドン大学経営大学院(CMMU)と提携した泰日マネジメント育成プログラムを通じてタイ人の経営人材育成に携わっています。2014年のタイ支社設立から同プログラムに関わる地紙氏も、「ここ数年でローカル社員の育成に本腰を入れて取り組む日系企業が増えている。経営現地化を実現するためには、特にローカルマネジャーの育成が必要」と強調しています。

「給与は低いけど解雇されにくい」という日系企業のイメージがともすると安定志向の、成長意欲が低いマインドの醸成を加速させてしまっている現状は、長年問題視されてきました。さらに「学習機会の少なさとタイ人の文化的特性が加わって、在タイ日系企業の人材育成能力が大きく低下している」と地紙氏は指摘。山積みする問題を改善する鍵となるのが、ローカルマネジャーの育成というわけです。

これら課題への解決策が、徹底した基礎教育を土台に業務経験を通じた現場での指導・育成を遂行していく、組織全体での育成施策です。また「公衆の面前での叱責がタイではタブー」など、日本人とタイ人の間の指導・育成における考えの違い、ワークライフバランス、上司部下の関係性、メンツなど様々な面での価値観の差異を知ることは、現地組織での人材育成体制を構築するうえで非常に重要であることもあわせて示唆されました。

さらに、タイでも他2国と同様、優秀な人材の確保が容易ではなく「能力や経験でワンランク落ちる人材を採用せざるを得ない」という現状の問題点を指摘しつつ、「ローカルマネジャーの質を向上させるため、日系企業では『社員の定着率改善 → 可能性のある人材の見極め → 育成と登用』という一連の流れをしっかり行なっていく必要がある」と言及。あらためて現地組織がトップを含めてコミットすることの重要性を説きました。

各セッション終了後、活発な質疑応答が行なわれ、「日系企業の上層部の中には『すぐ辞めてしまうローカル社員に研修をするのは金と労力の無駄』という意見もあるが、どうお考えか?」など多くの質問がありました。林氏はこれに対し「関わる人の考え方次第。サポートする側としては仮に何十人に一人でも役に立てればうれしいと思って携わっている」と回答。参加者の多くが大きくうなずいていた光景が印象的でした。
講演後に複数の参加者から聞かれたのが、「海外現地での動きや関心のスピードが、想定していたよりだいぶ早かった」という声でした。日本本社にとって、海外の人や組織に影響を与えている変化やそのスピード、現地視点での危機感や施策アイデアを迅速にキャッチアップして、グローバル人材/組織戦略に統合していく姿勢・動きが、今後いっそう求められていくことを強く感じた講演となりました。

取材・構成: 村瀬 裕計(むらせ ひろかず)