対談

2017.10.02

組織戦で勝ちに行く、これからの提案活動のあり方 ―日本プロポーザルマネジメント協会 式町久美子氏

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小西 功二 Koji Konishi
小西 功二 サイコム・ブレインズ株式会社
ディレクター / シニアコンサルタント
組織戦で勝ちに行く、これからの提案活動のあり方

「自分ではよい提案をしたつもりでも、なぜか受注につながらない」
「理由がよくわからないまま、コンペで負けてしまう」
提案活動をしたことがあるビジネスパーソンであれば、誰しもそうした経験があるのではないでしょうか。そのような悩みを解決する方法の一つに、組織全体の提案力を高め、受注を勝ち取るアプローチ「プロポーザルマネジメント」があります。今回は、その第一人者である日本プロポーザルマネジメント協会代表理事、式町久美子氏にお話をうかがいます。

式町 久美子 氏
式町 久美子(しきまち くみこ) 氏
一般社団法人 日本プロポーザルマネジメント協会 代表理事
日本ヒューレット・パッカードにて法人営業のための提案書作成支援チームを立ち上げ、提案活動の生産性向上に寄与。APMP(Association of Proposal Management Professional)認定によるプロポーザルマネジメントの最上位資格を日本人で初めて取得。2015年APMP日本支部を運営する一般社団法人日本プロポーザルマネジメント協会を設立し、代表理事に就任。著書に『受注を勝ち取るための 外資系「提案」の技術 ― 日本人の知らない世界標準メソッド』(ダイヤモンド社)。

プロポーザルマネジメント®

企業や官公庁、自治体への提案活動や入札等で受注を勝ち取るための国際的に標準化されたメソッド。

APMP(Association of Proposal Management Professional)

提案、入札、プレゼンテーションに従事するプロフェッショナルのためのNPO。プロポーザルマネジメントの方法論を体系化し、会員のプロフェッショナルとしての成長を支援している。1989年にアメリカで設立され、世界に26支部、93カ国から約7,000人の会員が参加している。日本支部は一般社団法人日本プロポーザルマネジメント協会を運営母体として2015年11月に設立された。
※「プロポーザルマネジメント」は一般社団法人プロポーザルマネジメント協会の登録商標です。

「常勝の提案部隊」を目指して

堀江 裕美 氏
  • 小西 功二
    式町さんは、現在プロポーザルマネジメントのスペシャリストとして、企業の提案活動を支援されています。まずは式町さんがこの分野に関わるようになったきっかけをお聞きしたいのですが。
  • 式町 久美子
    日本ヒューレット・パッカードでは、最初は人事部門で人材開発の仕事をしていました。2000年頃、社内に「プロポーザルセンター」という、法人営業の提案活動を支援する専門のチームを立ち上げることになって、そのメンバーの社内公募があり、それに応募したのがきっかけです。

    プロポーザル、つまり顧客への提案活動を誰が担うかというと、日本では主に営業というイメージがあると思います。あるいは製品やサービスに詳しい技術者・専門家が、提案内容を考えたり提案書を書いたりすることもあるのではないでしょうか。一方欧米では、より高い確率で受注を獲得できるような進め方や、提案書の書き方といったノウハウを集め、会社全体の提案活動の生産性を高めるために専門の部署や専門職を設け、営業や技術者を支援しているケースは珍しくありません。HPもアメリカやヨーロッパでは既にそういった専門部署が法人営業の提案活動を後方支援し、社内で高い評判を得ていました。そのような中で日本にもプロポーザルセンターを立ち上げることになり、提案のためのノウハウや役立つコンテンツのハブとなって、「常勝の提案部隊」に貢献することをビジョンに活動を始めました。
  • 小西 功二
    人材開発から営業の最前線をサポートするようなお仕事に移られたというのは、結構思い切ったチャレンジですね。
  • 式町 久美子
    確かに私には技術的な知識もありませんでしたし、キャリア的にはすごくジャンプした感じでしたね。でも、「提案活動の仕組み作り」と「教育プログラムを実施すること」というのは、本質的には近いのではないでしょうか。教育プログラムは、人の行動変容をいかに促すか。プロポーザルセンターの仕事も、顧客の購買行動を引き出す提案活動の仕組みを作ったり、社内のいろんな人に動いてもらうという意味では同じなのではないか、と思いチャレンジすることにしました。
  • 小西 功二
    これまで日本になかったプロポーザルセンターを作ろうという背景には、何があったのでしょうか?
  • 式町 久美子
    これは他の様々な企業でも同じだと思いますが、やはり単に製品を売るだけではビジネスを成長させることが難しくなってきた、ということですね。モノ売りから脱却して顧客の課題を解決することで自社の価値を出していく。そのためには、顧客との接点をこれまで以上に増やして対話をしたり、より良い提案を考える時間を捻出する必要がありました。

    とはいえ、当時は欧米のやり方をそのまま日本に適用するのは難しいと判断し、営業部門と相談しながら、日本に合わせた活動をしていました。具体的には、提案書を作るための素材やテンプレートを整備したり、提案活動に役立つグローバル共通のツールを導入したり。また営業やコンサルタントの仕事の中で、ルーチンワーク化できる資料作成の作業を代行する社内サービスを立ち上げたり、個別の案件に入り込んで提案内容を考える議論をファシリテートする、といったこともしていました。その傍ら、非常に労力がかかる提案活動をもっと効率良く行う方法、勝率の向上に貢献できるやり方はないものかと常に考えていました。
  • 小西 功二
    そのような活動の中で、APMPが提唱するメソッドである「プロポーザルマネジメント」と出会うわけですね。
  • 式町 久美子
    ちょうどリーマンショックの頃と重なったのですが、どんなに優秀な人でも組織再編で会社を去らなければならない厳しさを目の当たりにして、グローバルで存在価値を認めてもらえるスキルを身につける必要性を強く感じました。SEでもなければ営業でもない、プロポーザルセンターという日本の中ではまだよく知られていない仕事をしている自分に、どれくらいの価値があるのか。海外で同じ仕事をしている人たちはどんなことをしているのか。真剣に調べはじめました。

    そんな中で、HPのヨーロッパのチームが非常に優れた体系的な提案の業務マニュアルを作っていることが分かって、「これはスゴい!」と。圧倒的な力の差と専門性を感じました。どうしたらこんな素晴らしいものが作れるのかと思って彼らに聞いてみたら、それがAPMPのプロポーザルマネジメントだったんです。そこでヨーロッパのマネージャーに「日本でも取り入れたいから、私を育成する人をアサインして欲しい」とメールで直談判して、彼らからアドバイスをもらいながら、仕事の合間にマニュアルを日本語化していきました。あとは自己啓発でアメリカのAPMPのカンファレンスに参加したり、認定資格を取ったり。日本でも社内外から興味のある人たちを集めて「teian-lab」という勉強会も開催していました。
  • 小西 功二
    しかもその後に独立されて、APMPの日本支部を立ち上げられたわけですから、式町さんの行動力は本当にすごいですよね。
  • 式町 久美子
    こういうものを必要としている日本人が、きっと他にもいるに違いない。そんな思いでこれまで行動してきました。自分では行動力があるとか全然思っていなくて、一歩ずつ淡々と歩いているだけなんですけどね。

組織全体の提案力を高める「プロポーザルマネジメント」とは?

堀江 裕美 氏
  • 小西 功二
    私はプロポーザルマネジメントが、企業の営業力強化に貢献できると考えています。現在、式町さんに色々と教えていただきながら、サイコム・ブレインズの社内でもこのメソッドを取り入れ始めたところです。あらためてこのメソッドがどのようなものなのか。実践することによってどのような価値が生まれるのか。本日はそういったお話をお伺いしたいと思います。
  • 式町 久美子
    プロポーザルマネジメントは、簡潔に定義すると「提案活動や入札等で受注を勝ち取るための国際的に標準化されたメソッド」です。このメソッドには、案件発掘から受注を勝ち取るためのプロセス、あるいはそのプロセスの中でチームをどのように導くかといったステップが明文化されています。このメソッドに基づいて、より少ない労力でより多くの受注を勝ち取る、また実際に受注できたらそれを勝ちパターンとして組織に定着させるといったことも含めて、提案に関わる一連の活動を、組織として戦略的にマネジメントしていきます。
  • 小西 功二
    今おっしゃった「組織」や「戦略」というのがキーワードですよね。競合他社よりも顧客に刺さる提案をするために、自社の強みをどのように活かすか、社内外のリソースをいかにマネジメントするか、そのためのメソッドがプロポーザルマネジメントなんですね。
  • 式町 久美子
    そうですね。たとえば私が「プロポーザルマネジメントの資格を持っている」と言うと、「プレゼンがお上手なんですね」という反応をされることがよくあります。多くの人は「提案」というと「プレゼンテーション」とか「資料づくり」とか、個人のスキルをイメージします。提案というものがそれだけ個人のスキルに依存しているんだなと感じます。

    しかし、実際の提案活動は営業が一人で完結できるものではありません。顧客のモヤモヤした課題をつかんで、それに対してより良い解決策を提案するためには、たとえば社内の開発部門や保守サービス部門といった方々の協力を得ることが必要になります。プロポーザルマネジメントを実践することで、組織の中で以下の4つのスキルを高めることができます。

プロポーザルマネジメントで高めることができる
4つのスキル

1. 顧客を動かす

…顧客の課題をつかみ、顧客のよき相談相手としての関係を確立する

2. 会社を動かす

…競争優位な立場をつくるための打ち手を練り、社内外のリソースを巻き込み、
最適な解決策を作り上げる

3. 価値を伝える

…提案書やプレゼンテーションを通して自社の提案価値が顧客に伝わる

4. 繰り返し勝つ

…勝ちパターンをプロセスとして定着させて持続的に勝つ組織に成長する

プレゼン前に勝敗は既に決まっている?! チームの多様な価値を結集して、顧客の「ホットボタン」をつかめ!

  • 小西 功二
    私がこのメソッドの中で一番魅力を感じているのは、やはり「顧客を動かす」という部分です。営業的な観点からいえば、「競合他社に先駆けて顧客の課題をつかんで案件を発掘する」とか、「形式上はコンペであっても、プレゼンの前にほぼ受注を勝ち取っている」といった状態を作りたい。いくら「提案書が上手く書けた」「上手にプレゼンができた」といっても、顧客側は正式な提案を受ける前に意中のベンダーをほぼ決定しているケースも多いからです。
  • 式町 久美子
    そうですね。私たちもそういうところでご活用いただきたいと思っています。顧客の真の悩み、我々はこれを「ホットボタン」と呼んでいますが、「最も関心があること」「何かを成し遂げたいという動機」といった本質的な部分をつかんで、それに対してメッセージを投げかけていきましょうというのが、このメソッドの核心です。

    提案を戦略的に行うためには、顧客のことを知らなければならないし、競合や自社のことも知らなければなりません。そうした要素も営業担当者の職人技と思われがちですが、このメソッドでは情報収集や分析について、提案に関わる多様なメンバーが共通言語をもって行うためのフレームワークがあります。
西田 忠康
  • 小西 功二
    日本の会社の場合、顧客のホットボタンをチームで考えようという意識が低いように思います。その意味でも共通言語というのは大事な要素ですね。
  • 式町 久美子
    顧客がどんなことを話したのか、営業担当者がチームにシェアすることによって、デザイナーやエンジニアといったメンバーのパフォーマンスがすごく上がると思うんですね。そういった情報共有がなく、断片的な情報をもとに営業担当者だけで考えていると、出てくる提案が顧客の本質的な悩みから外れたものになったり。失注した後で「そういう情報を早く教えてくれれば、もっといい提案ができたのに!」というケースは本当に多いと思います。
  • 小西 功二
    それは自社にとっても顧客にとっても大いなる損失ですよね。本来であれば自社の価値を十分に発揮できるのに、その機会を逃してしまう。私自身も適切な提案活動ができていると思っていましたが、メソッドに沿ってホットボタンを考えてみたら、案外抜け漏れがあることに気づきました。
  • 式町 久美子
    私自身も社内で展開していた時に、最初は「こんな面倒くさいこと、できないよ!」みたいなことを言われました。でもなんとか営業やSEを巻き込んで、各自が持っている情報を整理しながら議論をしました。そうすると提案内容が当初とはまったく違うものになって、しかも見事に受注を勝ち取れたというケースがありました。「これは案外使えるかもしれない」ということで、そこからプロポーザルマネジメントに対する社内の信頼感も、徐々に高まっていったように思います。

    私がこれまで支援をさせていただいた企業では、このメソッドを使うことで提案チームだけではなく、経営陣も含めて誰にとってもわかりやすい情報として整理することができ、意思決定のための会議の時間がすごく短くなった、という事例もあります。社内の人、あるいは社外のリソースも含め多様な人を巻き込んで、いろんな視点からレビューをして、その提案のプラン自体の精度を高めていく。可能であればプレゼン本番の前に提案の骨子を顧客に見せて、認識のギャップを埋めていくことも重要だと思います。

複雑化する案件・グローバル化する組織の中で、これからの提案活動のあり方を考える

西田 忠康
  • 小西 功二
    日本と違い、プロポーザルマネジメントは欧米では積極的に活用されています。これはどうしてだと思われますか?
  • 式町 久美子
    欧米の企業は一人ひとりのミッションがはっきりしていて、そのミッションを果たすためのプロフェッショナル意識が強い、という違いはあると思います。この間、APMPでインドの会員の方とお話したのですが、インドでは提案書のスペシャリストが1万人以上いるそうです。その人たちは、欧米企業と電話会議でコミュニケーションを取りながら、国をまたいで一緒に提案活動を進めているようです。そのような環境の中では、全体のプロセスや個々の責任の範囲、具体的な仕事の進め方を明確にせざるを得ない。だからこそプロポーザルマネジメントのようなメソッドとの親和性が高いのだと考えられます。
  • 小西 功二
    そういう意味では、日本企業もどんどんグローバル化していますので、共通のプロセスを作る必要性は増していくと思います。ですが、どんなにすばらしい手法であっても、新しいことを組織に根づかせるのは簡単ではありません。変革に苦戦している企業に対して、式町さんとしてはどのようなアドバイスをされますか?
  • 式町 久美子
    やはり、トップのコミットメントも大事。アサインされた人が結果が出るまで粘り強くやり続けることも大事。今は知識体系が日本語化されていますし、研修もありますので、必ずしも専門部署を作らなくても、提案活動をリードする人材を育成することで、組織の提案力を高めることができるのではないかと考えています。
  • 小西 功二
    提案力の向上に加えて、業務の抜け漏れを防いだり、より付加価値の高い業務に集中することが、まさに最近いわれている「生産性向上」や「働き方改革」にもつながるのではないでしょうか。これもプロポーザルマネジメントが提供できる価値だと思います。
  • 式町 久美子
    おっしゃる通りですね。今は顧客のホットボタンがどんどん複雑になって、その解決の難易度も高まっています。そのような中で、営業に任せきりにするのではなく、案件ごとに流動的にチームを組む、というスタイルの企業も増えてきました。その場合、仕事の進め方を一から話し合うのは時間の無駄ですよね。たとえば徹夜までして提案書を書いたのに、社内のコミュニケーションが上手くいかなくて、大幅な修正が必要になったり。受注した後に、顧客の要件との齟齬があると分かってトラブルになるとか。そういったことを防止する意味でも活用していただきたいですね。

    日本プロポーザルマネジメント協会は、「提案が認められる喜びと楽しさを、すべての人とすべての組織に」という大きなビジョンを掲げています。今後はそういうビジョンに共感してくれる方たちとのコミュニティを作りながら、日本に根ざした知識体系を作り上げ、提案を牽引する人材の輩出に貢献していきたいですね。
西田 忠康

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