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座談会

2017.03.22

マイケル・クスマノ教授と語る「コーポレート・アントレプレナーシップ」

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西田 忠康 Tadayasu Nishida
西田 忠康 サイコム・ブレインズ株式会社
ファウンダー 代表取締役社長

「なんとなく、〇〇〇なものに強い?」―自社の強みを再評価する

増田 佳正 氏
(武田薬品工業株式会社
エンタープライズ・アーキテクチャー 担当マネージャー)

  • 増田 佳正 氏
    フラッシュメモリのように、技術の進化によってコストも下がってコモディティになっていくものがある一方で、新たにイノベーティブでお金になりそうな分野というのもあると思います。しかし、日本企業の場合はリスクが高いと判断されると、組織として新しい分野に入っていくのが難しい面もあると思います。
    私自身、アメリカやヨーロッパの担当者とやり取りしていると「多少痛い目に遭ってでもやってみよう!」という気概、ポジティブさを感じます。これが例えば日本人だけの組織だったら、なかなか踏み切れない。新しいものに移っていくには、適切な判断と勇気が必要なのではないかと思います。
  • マイケル A. クスマノ 氏
    日本の組織は、大きな賭けみたいなことはあまり得意ではないのかもしれないですね。
  • 芳賀 恒之 氏
    そこを上手にやっている日本企業もたくさんあると思います。たとえば富士フイルムさんは、フィルムカメラがなくなっていくという危機を乗り越えてます。あるいは最近ネットで「ヤマハのコピペ」という形で話題になっていますが、ヤマハさんの長い歴史の中での業態の変遷を見ると、主軸は変わっていないんだけど、プロダクトはどんどん変わっている。同じものは作り続けていないんだけど、業容はちゃんと拡大している。そういったしなやかな経営を行なっているところもありますよね。
  • 西田 忠康
    ちなみに富士フイルムさんは、なぜあんなに上手くいったと思われますか?
  • 芳賀 恒之 氏
    やはり、自分たちの強みを本質まで深掘りしたうえで、それがどういった分野に展開していくことができるのか、ということをちゃんと見越すことができたのかなと。たとえば写真フィルムの技術を持っているというのは、高分子のエマルジョンの技術を持っていること。あるいは酸化防止の技術を持っていること。…というように、フィルムの技術だけではなく、そのコアとなっている技術を自分たちの強みとして再評価して、そのうえでどこが次の成長産業かを見極めて、「これって化粧品に使えるよね」というターゲットをちゃんと見つけて、それに向けてアサインメントを切り替えていった、というのが素晴らしいと思います。

芳賀 恒之 氏
(日本電信電話株式会社 NTT先端集積デバイス研究所 所長)

  • 小山 正人 氏
    企業イメージの面でもうまく切り替えができたなと思います。かつては「お正月を写そう」というCMのイメージでしたが、化粧品では松田聖子さんを使ってうまくブランディングしています。一見、突然切り替わったように思えるのですが、実際はちゃんと準備をしていたんでしょうね。
  • 豊嶋 哲也 氏
    本当に勇気のある判断だったと思います。写真フィルムがなくなるっていうのは、彼らにとって相当な危機であって、他の何かに飛び移らないといけないんだ、という必死な思いがあったのではないでしょうか。
  • マイケル A. クスマノ 氏
    そういう危機的な状況の中では、なにもしない方が危ないですよね。
  • 西田 忠康

    富士フイルムに関しては、ハーバードビジネススクールが出しているケーススタディがあって、サイコム・ブレインズの研修でも使用することがあります。化粧品の事業に本格的に参入したのが確か2008年で、富士フイルムは当時としては最高益だったんですよね。最高益のときに大きく舵を切った、その判断とスピード感ははすごいなと思います。

    もう一つ思うのは、「本当に強いもの」ってどこか感覚的というか、「ちゃんと定義することが難しいんだけど、みんながそれを信じているもの」だと思うんですよね。富士フイルムさんの場合であれば、「なんとなく薄いものに強いんですよ」とか、スリーエムさんであれば「とにかく何かを磨くものが強いんです」みたいな感じで。

  • 芳賀 恒之 氏
    おっしゃる通りだと思います。研究者たちの間で「我々は何が強いの?」という話になると、「〇〇技術です」と技術の名前を並べたがるんですが、それだけでは技術がもたらす価値というか、顧客のどこに刺さっているかが明確にならないわけです。西田さんがおっしゃったように、「なんとなく薄いもの」といった言葉に変換していかないと、本質は見えてこない。だけど技術側にいる人たちは技術の違いばかりを言って、「これで作ると歩留まりがいいんです、性能がいいんです」となる。そこでだけで議論していても、その先に生まれてくる価値が見えてこないと思います。
  • マイケル A. クスマノ 氏

    特に歴史のある大企業になると、もっと長期的な視点で何をやっていくかべきか、ということを考える必要があると思います。皆さんの会社はとても歴史が長い。日本ゼオンは60年、NTTは戦後にできたとはいえ戦前から続く歴史がある。東芝は100年、武田薬品さんに至っては200年以上続いています。問題はその中で何を強みとして、変化に対応していくかということです。

    IBMの場合、100年の歴史の中で技術は変化しているけど、焦点は変わらず同じ。それは、政府とか大企業といった「大きな組織のデータ処理のソリューションを作ること」です。最初はパンチカードの機械。今はコンピュータ。でもそれ以外の分野、たとえばコンシューマー向けのPCでは失敗しています。今は少しビジネスが小さくなったけど、強みは変わらず同じです。

    強みがあまりはっきりしていない会社は心配です。歴史が長いだけに様々な分野に入っていく。その過程でフォーカスがなくなる。部品とかを作っている会社は一番心配。中国、東南アジア、韓国、そしてこれからはインドの会社とのコスト競争が激しくなるからです。

ときにはハッタリも必要?…経営に対してストーリーをもって伝える

豊嶋 哲也 氏
(日本ゼオン株式会社 執行役員 高機能樹脂・部材事業部 事業部長)

  • 西田 忠康
    豊嶋さんは事業部長として、先ほどの「素材から部材へ」の流れの中で、何百億円というよりは数十億の投資について、するかしないかの決断をすることが増えると思います。
  • 豊嶋 哲也 氏
    おっしゃる通りですね。新たにプラントを建てるとなると100億から200億の投資になりますが、部材の場合は数十億の投資を2~3年で全部回収できるくらいの計算をして売上を伸ばして…という投資の仕方に変わってきていますね。会社の体質としてはまだ十分に慣れていない類の意思決定を、今はやっているように思いますね。
  • 西田 忠康
    そういった、それなりのリスクがある案件を実現に向けて推し進めることができる人って、どんな人が向いているのでしょう?専門性とかスキルとか、あるいはキャラクターとか。
  • 豊嶋 哲也 氏
    やはり、経営に上手く伝えることができる人でしょうね。「これは、これだけ儲かって、こうなるんです!」というストーリーをきちんと作って、それをロジカルかつ魅力的に伝えることができる能力というか。当然、その前に数字に強かったりベースの知識がなければ、そこまでたどり着きません。でも最後はハッタリをきかせるというか、これも能力ですよね。投資なので当然外すこともあればうまくいくこともあるので、それはしょうがない。あらかじめ100点とわかっている投資なんてそもそもやらないほうがいいぐらいに思いますので、そこを100点に見せるというか。
  • 増田 佳正 氏
    そういうロジックの作り方って、ビジネススクールで学びますよね。
  • マイケル A. クスマノ 氏
    ビジネススクールはもちろんですが、アメリカでは工学部の学生も学んでいますね。日本の工学部の場合、そういう授業はゼロではないけど、あまりない。だから私は理科大で授業を作りました。
  • 豊嶋 哲也 氏
    私は理学部出身ですが、大学ではそういったことは一切勉強しませんでした。でも戦略のフレームワークを使うと、すごく伝わりやすくなりますよね。そういった意味でMITで学んだことはすごく役に立ったと思います。
  • 西田 忠康
    私は事務系ですが、事務系の人のものの考え方って「こういうものがあれば、あのお客さんだったら買ってくれると思うよ」とか、「他にも何社か提案できそうなところがあるよ」とか、そういう見立てを大事にしますよね。一方で技術系の人はまた違った判断の基準があると思います。豊嶋さんの場合はいかがですか?
  • 豊嶋 哲也 氏
    説明が難しいのですが、あるモノについての技術的な競争優位とか、採算性とか、それらがどのくらい続くのかとか、トータルで見たときに「筋の良い・悪い」ってあるんですよね。そういう筋の良さがあるかどうかというのを判断するようにしています。いくら世の中のニーズが強くても、ただの競争になってしまうのであれば、そこには投資できませんから。